9 お妃様、王子に庶民料理を振舞う
体裁を取り繕うためだけに結婚してしまった王子と私。
この先に待っているのは……間違いなく離婚だ。
私は何も王子の妃という立場にしがみつくつもりは無い。いろいろ大変そうだしね。
だから次のお妃様候補が見つかったら、すぐにでも離婚に応じる覚悟はできている。
でも、どうせなら慰謝料をたくさん貰いたい!……と思うことくらいは悪くないですよね?
離婚交渉を上手く進めるためには、王子とそれなりに友好的な関係を築いておく必要がありそうだ。
いろいろ考えた末に、私は貢物で王子の好感度を高めようと試みることにした。
古今東西、相手の機嫌を取るにはとにかく贈り物が有効とされている。
もちろん、王子に魂胆がバレないようにさりげなくね!
「王子殿下がいらっしゃると伺いまして、ケーキを焼きましたの。是非みなさまも召し上がってくださいな」
今回献上するのは、畑で採れたニンジンを使ったキャロットケーキだ。
「もっと美しさに磨きを掛けなければ!」と追いかけてくる侍女を何とかいなし、必死に焼き上げた涙の一品なのである。
「お口に合えばよろしいのですが」
丁重にケーキを切り分けてお出しすると、王子はじっとケーキを見つめているようだった。
あ、もしかしてこういうのって、専属の料理人が作ったものしか食べれないとか?
いらないって断られるかな……と思ったけど、王子はフォークを手にすると案外素直にケーキを食べてくれた。
「変わった味だな。何のケーキなんだ、これは」
「キャロットケーキにございます」
「キャロット……にんじんだとぉ!?」
急に王子が椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がったので、私は危うく吹き飛ばされそうになってしまう。
おろおろしていると、真っ青になった侍女がそっと耳打ちしてくれた。
「も、申し訳ございませんお妃様……! すっかり忘れていたのですが、王子様はニンジンが大の苦手で……!!」
そういう情報は先に教えてくださーい!……なんていっても後の祭りだ。
王子は真っ赤になってプルプルと震えている。
あっ、これは処刑確定ですね、私が。
グッバイ私の短い人生。次生まれて来るなら資産家の農家の娘とかに生まれたい。矛盾しているってことは気にしてはいけない。
「これが……ニンジンだと?」
「はい、私が離宮の畑で育てたニンジンでございます」
もうやけになって、私は一人前のシェフになったつもりでべらべらと解説をしてやった。
だが王子は、いつまでたっても「この女の首を刎ねろ!!」などとは言いださない。
それどころか……。
「ニンジンを使って、こんなに美味いものが作れるのか……!」
何故か目を輝かせて、そんなことを口にされたのです。
……もしかして、庶民の味がお気に召したのでしょうか。何を隠そうこのキャロットケーキは、私が近所のマダムから直にレシピを教わった、超庶民派料理なのだから!
宮廷に勤めるようなエリートシェフは、こんな田舎臭い料理は作らなさそうですもんね。
洗練された一流の料理ばかり食べている御方には、意外とこういう庶民料理が珍しく感じるのかもしれない。
……なんてことを考える私の方へ、王子が視線を向ける。
思わずどきりとしたけれど、その視線は思ったよりもずっと……優しいものだった。
「……そなたは本当に変わった娘だな、カロリーナ」
そう言って、王子は嬉しそうに微笑んだ。
もしかしたら、その表情にドキッとしていたのかもしれない。
……私の名前を、間違えてさえいなければ。
王子、非常に残念なお知らせですが、私はカロリーナではなくアデリーナです。