18 お妃様、つかの間の師匠にお別れを言う
「あれ、ヒューバートさん。お出かけですか?」
「あぁ、風向きが変わったからね。また旅に出ようと思って」
「え゛?」
その日、私がペコリーナとの散歩から戻ってくると、ヒューバートさんがごそごそと荷造りをしていた。
てっきり少しお出掛けするのかと思いきや……旅に出るって!?
「ちょ、ちょっと待ってください……。まだ、魔法について何も教わってないんです!」
王子がヒューバートさんをここに読んだのは、私に魔法の使い方を教えるため。……だったはず。
でも色々あって、まだ何も聞いてないんですよ!
「あぁ、じゃあ今教えてあげるよ。魔法っていうのは、『こうしたいな~』とか『こうだったらいいのにな~』とか考えながら『えいっ!』ってやるとできるよ」
な、なんて適当で大雑把な説明……。
そんなに簡単にできたら誰も苦労はしませんよ!
「も、もうすこし詳しくお願いします……」
「うーん……でもけっこう魔法の使い方って個人差が大きいし、正直僕に教えられることはあまりないと思うよ。君が自分の手で、一つ一つ掴んでいくべきだ」
明らかに容量オーバーの荷物をすべて鞄に収めたヒューバートさんは、すっかり旅立ちの準備ができていた。
こうなると、もう私でも引き止められないとわかってしまう。
「大丈夫だよ、アデリーナ。魔法の使い方なんて、そのうち息をするように自然にできるようになる。それよりも、何のために、誰のために魔法を使うのか。それを忘れないで」
何のために、誰のために……。
――『……アデリーナ、あなたが善き魔女であることを願います』
大丈夫、忘れていませんよ。
私はおとぎ話に出てくるような悪い魔女じゃなくて、みんなを助けられるような善良な魔女を目指します!
しっかり頷いた私を見て、ヒューバートさんは眩しそうに笑った。
「それじゃあ、風向きが変わったらまた来るよ」
そう言って軽く手を振ると、ヒューバートさんはすたすたと部屋から出ていってしまう。
慌てて私も追いかけたけど、不思議と部屋を出た先の廊下に彼の姿を見つけることはできなかった。
どうやら神出鬼没の魔法使いさんは、次の目的地へと旅立っていったようです。
うーん、結局肝心なところはよくわからなかったけど、私が自分で見つけないといけないってことだよね。
「……頑張らなきゃ」
これからも大好きな王子の隣に居続けるために、私はそう気合を入れたのでした。
◇◇◇
「……そうか。ヒューバートの奴め、肝心な時に役に立たないとは……済まなかったな、アデリーナ」
「いいえ。色々と助けていただきましたし、なんとなく……魔法使いってどういうものか、わかったような気がするんです」
ヒューバートさんが発ったことを伝えると、王子は呆れたようにため息をつかれました。
どうやらヒューバートさんが私に具体的な魔法の使い方を教えなかったことは、王子にとっても想定外だったご様子。
ぶつぶつと文句を垂れる王子を宥めながら、私はくすりと笑ってしまう。
「魔法って、『こうしたい』って強く思うことが大事なんだそうです。今までは無意識に魔法の効果が出ちゃってたみたいなので……まずはコントロールできるように頑張ろうと思います。うまくいけばお料理とかにも活用できそうなんですよ!」
あの肖像画の中の世界みたいに、調理器具が自分で動いてくれたらお料理も楽になりそう。
はぁ、夢が広がりますね……。
「別に、魔法などなくとも君の料理は美味いのだが」
「……なんていっても、専属料理人ですからね」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ、なんでもございません」
10歳の可愛らしい王子を思い出しにやにやする私に、20歳の王子は不思議そうに首を傾げた。
そうこうしているうちに、のんびり離宮内を進んでいた私たちは、例の肖像画のある回廊に差し掛かった。
ちらりと視線をやると、肖像画の中の王子は以前とは違い、嬉しそうに笑っている。
「この肖像画、俺は前からこんなに笑っていたか?」
「……きっと、何かいいことがあったんですよ」
そしてこれからも、あなたに幸福が降り注ぎますように。
訝しげな表情で肖像画を見つめる王子に、私はまたもやくすりと笑ってしまった。
これにて3章の完結です。
少し時間を置いて4章も連載予定なので、また見に来ていただけると嬉しいです!