17 王子様、お妃様の可能性を憂う
「報告は以上になります。……まったく、王太子であるあなたがいきなり王城にとんぼ返りして、私がどれだけ苦労したかわかりますか!?」
「あぁ、済まなかったなコンラート。おかげでアデリーナの窮地には間に合ったぞ」
「まぁ、妃殿下の役に立ったから今回はよしとしますが……。やはり妃殿下を良く思わない者が足元を掬いに来ましたか」
「意外と早かったっすね」
神妙な顔でそう口にするコンラートとゴードンに、俺は静かに頷いた。
王宮というのは華やかな場所だが、裏では怨嗟や嫉妬のひしめく恐ろしい場所でもある。
アデリーナは貴族の出だが、歴代の妃と比べるといささかもとの身分が低いのも確かだ。
それに、彼女は不思議な魔力を秘めている。
俺にとってはそんな部分もアデリーナの魅力の一つだとしか思えないのだが……人によっては、「なぜそんな者が王太子に」と憤るのだろう。
彼女が離宮に引きこもっているうちはまだよかった。
限られた者以外との接触を遮断することで、アデリーナを守ることができた。
だが、俺は望んでしまったのだ。アデリーナに妃として、公私ともに俺の隣にいてほしいと。
アデリーナが表舞台に立てば、プリシラ王女や今回のアマンダ夫人のように、陥れようとする者も現れる。
……もちろん、そんなことをすればすぐに潰す心積もりはできているのだが。
「……コンラート、ゴードン。アデリーナに関する怪しい動きを察知したら、確証はなくてもいい。すぐに俺に知らせてくれ」
「言われなくても当然ですよ」
「次は俺にも暴れさせてくださいよ~?」
二人の肯定の返事に、思わず小さな笑みが漏れた。
こいつらも大概、アデリーナには甘いのだ。
俺は俺の持ちうる限りの力を尽くし、アデリーナを守っていこう。
これからも、愛しい彼女と未来を歩んでいくために。
一通りの仕事を終え、自室に戻ると……なぜか我が物顔でヒューバートが居座っていた。
「……なぜここにいる」
「散歩してたらたどり着いたんだよ」
嘘なのか本当なのか判別しづらい言葉だが……まぁ、どちらでもいいだろう。
この魔法使いが俺のもとにやって来たということは、何か俺に伝えたいことがあるということだ。
「アデリーナの件については、世話をかけたな。それで……どうなんだ、アデリーナは」
同じ「魔法使い」の目から見て、アデリーナはどうなのだろう。
そう尋ねると、ヒューバートはにやりと食えない笑みを浮かべる。
「彼女はまだ自分の力に無自覚だ。……恐ろしいくらいにね」
「……アデリーナは自分でも気づかないうちに俺に魔法をかけていたことがある。それも、心の内側に干渉する魔法だ」
「それはそれは……」
にやにやと笑うヒューバートから視線を逸らして、静かに嘆息する。
人の心に干渉する魔法は、数ある魔法の中でも複雑かつ高度なものだと聞いている。
俺も一国の王子。これでも悪質な呪いや魔法にかからないように、いろいろと対策はしているのだ。
だが、アデリーナはそんな俺の対策を乗り越えて、誰にも気づかれないうちに魔法をかけていた。
城の魔術師たちが、揃って首をかしげるほど鮮やかに。
本人は気づいていないようだが、そう簡単にできることではない。彼女の力が大々的に知られるようになれば、その力を悪用しようという者も現れるだろう。
考え込んだ俺に視線を合わせ、真面目な表情に戻ったヒューバートが口を開く。
「完全な第三者の立場としては、アデリーナを君の妃としておくのはお勧めしないね。彼女が悪意に晒され続け、その心が歪んでしまえば……恐ろしい魔女へと変貌する可能性もある。そうなったら僕にも止められないよ」
「それほどに、彼女の力は強いのか」
「魔力自体がそこまで多いわけじゃないよ。……少なくとも、今は。ただ、彼女の魔法は驚くほど効きやすい。今は本人が自覚してないからそこまでだけど、あの子が自分の力に確信を持てるようになれば、すごいだろうね」
ヒューバートは被っていた帽子をくるくると回しながら、挑発するように続ける。
「君が許可するのなら、僕があの子を連れていくよ。世界中を旅して、宝石箱みたいに綺麗な景色を見せて……良い魔法使いに育ててみせる」
それが、アデリーナにとっては幸せなことなのかもしれない。
ヒューバートはたいがいわけのわからない男だが、いざという時には頼りになる。
彼にアデリーナを託せば、きっとアデリーナは楽しい日々を過ごすことができるだろう。
だが……。
「いや、そんなことはさせない。アデリーナは俺の妃だ。他の誰にも渡すつもりはない」
確かな重みを込めてそう告げると、ヒューバートは俺の答えを知っていたかのように、ふっと笑った。
「さすがはアレクシス。専属料理人への愛は無限大だね」
「専属料理人? 何の話だ?」
「いや、こっちの話。君のその真っすぐなところは変わりないようで安心したよ」
ヒューバートは立ち上がると、俺に背を向けた。
どうやら、言いたいことは済んだらしい。
「さっきのはあくまで第三者としての意見。君やアデリーナの友人として言わせてもらうと……きっと、大丈夫だよ。お幸せに」
それだけ言い残し、ヒューバートは去っていった。
その背中を見送り、そっと息を吐く。
アデリーナは俺の最愛の妃で、不思議な力を秘めた魔女でもある。
だからこそ、俺が守り、支えてやらなければ。