16 お妃様、良い魔女になることを決意する
結果的にいうと、パーティーは盛況に終わった。
子どもたちは大喜びで、たくさんの笑顔を見せてくれたのだから!
そして、パーティーが終わると……アレクシス王子、シルヴィア王女、それに王女が引っ張ってきたヒューバートさんも交えて、私は今回の件の真相を知ることとなるのです。
「さっきも言った通り、これは何十年も前のパーティーを元にした計画書のようね。私がこんな時代遅れの催しを開いていたなんて……良い風評被害よ」
離宮の応接間にお招きしたシルヴィア王女は怜悧な美貌を怒りに歪め、そう吐き捨てた。
どうやらアマンダ夫人が私を陥れる際に、ご自身をダシにされたことにご立腹のようだ。
アマンダ夫人は「シルヴィア王女はこのようにパーティーを催されていました」と言って、時代遅れの偽の計画書を私に手渡した。
私が彼女の指示通りに動いていたら……今度は「時代遅れの恥ずかしい妃」と社交界で私の悪評を広めるつもりだったのかもしれない。
――「下賤な出の、卑しい魔女の癖に!」
彼女の憎しみを込めた声と、苛烈な視線が脳裏に蘇る。
それだけで、ずん、と心が重くなるようだった。
どうやら私は、自分のあずかり知らぬところで随分と嫌われているようだ。
きっと、アマンダ夫人だけじゃない。
私が微妙な経歴の、魔法の力を持つ妃であることは事実なのだから。
彼女と同じように私を嫌って、陥れようとする人たちが……まだまだたくさんいるのかもしれない。
「確認したところ、本来アデリーナ妃を補佐するはずだった子爵夫人も、アマンダ夫人が脅しをかけてその役目を奪い取ったようですね」
「まったく、姑息な真似をしたものだな……」
ダンフォース卿の報告に、王子はらしくもなく舌打ちしてみせた。
そして、そっと私の手を握ってくれる。
「心配するな、アデリーナ。あの女はもう二度と君に近づけさせはしない。君に危害を加えようとする輩は、等しく俺が君の前から消し去ってやろう」
「あの、お手柔らかにお願いします……」
少々物騒な王子の言葉に、慌てて私はそう付け加えた。
それにしても……。
「いったいどなたが、この状況を王子にお伝えしたのですか?」
王子は私の窮状を知って、急いで戻って来てくれたということだった。
でも、手紙のやり取りだけでも数日はかかるはずなのに……どうしてこんなに迅速に戻ってこれたのでしょう?
そんな私の疑問に、緊迫した空気を読まずにのんきにケーキを頬張っていたヒューバートさんが軽く片手をあげた。
「あぁ、僕が知らせたんだ。アレクシスと、シルヴィアにもね」
「……そうですか」
うーん、ヒューバートさんなら、確かに時間とか距離とか気にするだけ無駄なのかもしれない。
彼のおかしな行動に突っ込んでも無駄だと、私はもう十分に悟っていた。
彼の行動はなんだかんだで、いつも私を助けてくれている。
だから、細かいことは気にしないことにしよう。
「でも、あなたはよくやってくれたわ。あなたがアマンダの言うとおりに動いていたら、私にもどうしようもなかったもの」
不意にシルヴィア王女はそう言って、私に向かって微笑んだ。
その言葉と微笑みで、少しだけ心が軽くなったような気がした。
「……良い相手を選んだのね、アレクシス」
「当然だ」
シルヴィア王女の言葉に得意げに胸を張る王子を横目で見ながら、私は頬が緩みそうになるのを必死に堪えていた。
◇◇◇
数日王宮に滞在した後、シルヴィア王女は辺境伯領へと戻ることとなった。
なんでも夫である辺境伯から「君がいない日々なんて耐えられない」という涙で文字の滲んだ手紙が届いたようで、「しょうがない人ね」とどこか嬉しそうに苦笑していた。
「本当にありがとうございました、シルヴィア王女」
「今は辺境伯夫人よ。まぁ、どちらでもいいのだけれど……それより、アデリーナ」
別れの際に真剣な声で名前を呼ばれ、私は思わずピン、と背筋を正した。
「あなたもわかっているとは思うけど、あなたのことを悪しざまに思っているのは、その地位から引きずり落とそうとしているのは……アマンダ夫人だけじゃないわ」
「……はい、存じております」
「きっとこれからも、あなたは辛い目に遭うでしょう。私やアレクシスもできる限りは力になるけれど、いつもあなたを助けてあげられる保証があるわけじゃない。正直、あなたの立場はかなり危ういとも言えるわ。魔法使いに対して、アマンダ夫人のように思っている人も少なくないもの」
シルヴィア王女の言葉に、私は静かに頷いた。
エラのもとに現れた魔法使いのように、困った人を助けてくれる良い魔法使いもいる。
でも、それと同時に……魔法使い人々を陥れようとする、悪い魔法使いだって存在するのだ。
おとぎ話のページをめくれば、幾人もの悪い魔女を目にすることができる。
怪しげな術を使い、人を欺き、陥れ、不幸をもたらす魔女……。
アマンダ夫人が「魔女」である私を嫌い……ある意味恐れるような気持ちも、理解できなくはないのだ。
「私は昔から変な……それでも善良な魔法使いを知っているの」
シルヴィア王女がちらりとヒューバートさんに視線をやる。
今の彼はペコリーナのモフモフに顔をうずめ、スーハーと大きく息を吸っていた。
慣れない人の突然の奇行に、ペコリーナはちょっと困ったように鳴いている。
「まったく、いつまでたっても変わらないんだから……。とにかく、私は『魔法使い』が悪い者ばかりではないと知っているけど、普通の人はそうではないの。その偏見はあなたを傷つけるでしょうし、あなた自身が乗り越えていかないといけないわ」
「……はい、承知しております」
しっかりと頷いた私に、シルヴィア王女は少し目を丸くした後……嬉しそうに笑った。
「ふふ、さすがはアレクシスの選んだ妃ね。……アデリーナ、あなたが善き魔女であることを願います。また今度、二人でゆっくりお茶でもしましょうね」
そう言い残して、シルヴィア王女誰もが見惚れるような優雅なお辞儀を披露し、颯爽と馬車に乗り込み去っていった。
一緒に過ごした時間は短かったけど、シルヴィア王女は私に確かな指針のようなものを示してくれた。
私は王子の妃で、魔女でもある。それは変えられない事実だ。
だから、魔女であることを隠したり、恨んだりするんじゃなくて……誰かを助けたり、幸せにするような、善良な魔法使いを目指そう!
シルヴィア王女を乗せた馬車が去っていくのを眺めながら、私はそう決意した。