15 お妃様、パーティーを再開する
「王子!? どうしてここに……ひゃっ!」
目の前までやって来たかと思うと、王子は正面から私を抱き上げて、勢いのままくるくると回る。
わわっ、皆さんが見てるのに……!
「わぁ~、アレクシス王子だ!」
「ラブラブ~♡」
うっ、恥ずかしい……!
純粋の子どもの歓声に、一気に羞恥心が襲い掛かる。
「おっ、王子! 何故ここに!? お帰りはもっと先の予定じゃ……」
「いや、君が大変な目に遭っていると聞いてな。最低限の用事だけ済ませて後はコンラートに押し付けてきた」
ひえぇ、またしても済みません、コンラートさん……!
でも、私が大変な目に遭ってるって、いったい誰が王子にお知らせしたのでしょう……?
やっと私を地面に降ろすと、王子は真っ青になったアマンダ夫人に向き直る。
そのお顔は微笑んでいるように見えて、あからさまな怒りのオーラが滲んでいた。
「アマンダ夫人。我が妃が世話になったようだな、礼を言おう」
「お、王子殿下……わたしは何も……」
「あぁ、説明はいい。すべて聞いている」
その言葉に、アマンダ夫人の表情がひきつった。
「王家の伝統を守ろうとする夫人の心意気は素晴らしいものだ。だが……その割には、慈善活動の歴史に関する認識が甘かったようだな?」
「ヒッ!」
王子に威圧のオーラを向けられて、アマンダ夫人は蛇に睨まれた蛙のように竦みあがっている。
やっぱり彼女は、秘密裏に私を陥れようとしていて、それが王子やシルヴィア王女にバレるなんて思いもしなかったのだろう。
「夫人の熱意はよく伝わった。その心意気を買って……本日付けで、そなたには王宮史書室への異動を命じる」
「なっ……御冗談でしょう!? 史書室なんて、なぜわたしがあんなカビ臭くて地味な場所に!」
「昔の伝統を重んじるそなたには願ってもない場所だろう? しっかりと歴史を学びなおし、これからも王家を支えて欲しい」
言い方は穏やかだけど、事実上の左遷勧告だった。
夫人は真っ青な顔でぶつぶつと何かを呟いたかと思うと、ばっと顔を上げる。
その憎悪を宿した瞳は、真っすぐに私を見据えていた。
「あなたがっ……皆をたぶらかしているのでしょう!? 下賤な出の、卑しい魔女の癖に! どうせ怪しげな技で――」
「ダンフォース」
「はっ」
アマンダ夫人の言葉を遮り、王子が何かを命じるかのようにダンフォース卿の名を呼ぶ。
すると、キン――と軽く金属の鳴る音がした。
かと思うと、次の瞬間には……目にもとまらぬ速さでダンフォース卿がアマンダ夫人の首元に剣先を突きつけていたのだ。
「失礼ですがご婦人……それ以上は妃殿下への直接的な加害と見なします。私は、『妃殿下を害する者は剣の錆にするように』との命を受けておりますので」
「ヒッ!」
有無を言わせぬ声色に、それがただの脅しではないと悟ったのだろう。
アマンダ夫人はへなへなとその場に崩れ落ちてしまった。
「連れて行きなさい」
シルヴィア王女がそう命じると、控えていた騎士たちが素早くアマンダ夫人を連行していった。
はぁ、きびきびと指示を出す凛々しいお姿。憧れるなぁ……。
「まったく……噂通りね、アレクシス。あなたがアデリーナ妃を大切に想っているのはよくわかるけど、子どもたちの前で野蛮な真似はやめてちょうだい」
「たとえ誰の前であろうとも、我が妃を侮辱する者を許すつもりはない」
呆れたようなシルヴィア王女の言葉に、王子はごくごく真剣な表情でそう返していた。
その返しに、シルヴィア王女が形の良い眉を寄せた。
「アレクシス、あなたはもっと――」
「まぁまぁ、落ち着いて、シルヴィア。今は楽しいパーティーの最中なんだから!」
「ヒューバートさん!?」
その時、王子とシルヴィア王女の間に割って入って来たのは……ここ数日姿の見えなかった怪しげな魔法使い、ヒューバートさんだった。
そういえばこの人どこに行ってたんだろう。忙しくて気にする余裕がなかったけど……。
シルヴィア王女は突然現れたヒューバートさんに驚いたように目を丸くしたけれど……すぐに、困ったように笑った。
「……相変わらず突然やって来るのね、ヒューバート」
「君は相変わらず麗しいね、シルヴィア」
「まったく……でも、あなたの言うとおりだわ。今は、楽しいパーティーの最中なんだから」
シルヴィア王女は私の方へ振り向くと、優しく笑った。
「急に騒がしくして済まなかったわね、アデリーナ妃。子どもたちのために、パーティーを続けてもらえるかしら?」
「はっ、はい! えっと……みんな、お食事の途中でしょう? アレクシス王子もシルヴィア王女も、どうぞお席についてください」
せっかく来てくださったのだから、皆で楽しまなくては!
ヒューバートさんがどこからか横笛を取り出し、楽しげな曲を奏で始める。
さぁ、パーティーの再開です!