14 お妃様、罠を回避する
おそるおそる声が聞こえた方へ視線をやると、そこにはまるでお化けでも見たかのような表情のアマンダ夫人が。
彼女はゆっくりとこの場の光景を見渡し、にやりと笑った。
「あぁ、アデリーナ妃……わたくしがあんなにも忠告申し上げましたのに! こんなにも平然と王家の伝統を踏みつけられるなんて! なんて恐ろしい御方なのでしょう!」
「……アマンダ夫人。確かに私は前例を踏襲しませんでしたが、一度立ち止まってこの活動の本来の目的や意義を考え直すことも必要だと判断しました。伝統を守ることも大切ですが、随時見直しを行っていくことも大切なことだと存じます」
まさか私が反論してくるとは思っていたかったのだろう。
その言葉を受けて、アマンダ夫人は一瞬で顔を歪めた。
「……よろしいでしょう。アデリーナ妃、あなたがそのような態度なら、こちらもそれなりの対応をせねばなりませんね。今回の件につきましては、きっちり王妃様やシルヴィア様にご報告を――」
「その必要はないわ」
その時、その場に響き渡った涼やかな声に、私もアマンダ夫人も固まってしまった。
視線をやれば、颯爽と庭園の向こうから歩いてくる女性が。
その姿を見て、真っ先に反応したのは料理にかぶりついていた子どもたちだった。
「あっ、シルヴィア様だ!」
「シルヴィア様~!」
勢いよく席を立ち、子どもたちが走り出す。
次々と抱き着いてくる子どもたちに、その女性は穏やかに語り掛けた。
「久しぶりね、皆。元気にしていたかしら?」
「うん!」
「今日はね、お妃様のパーティーがあるの!」
「そう……」
その女性の視線がこちらを向き、私の心臓がどくん、と嫌な音を立てた。
アレクシス王子と同じ、艶やかなシルバーブロンドの髪に涼やかなまなざし。
こうして直接お会いするのは初めてだけど、私にはすぐにわかった。
目の前の女性は、国王陛下の妹君にして現辺境伯夫人――シルヴィア王女なのだと!
たくさんの子どもたちを引き連れて、シルヴィア王女は私の前までやって来る。
そして、底冷えするような声で言い放った。
「……随分と、勝手なことをしてくれたものね」
その言葉に、今度こそ心臓が止まりそうになってしまう。
固まる私の耳に、アマンダ夫人の嬉々とした声が飛び込んでくる。
「えぇ、その通りです王女殿下! アデリーナ妃ときたら、散々わたくしの忠告を無視なさって好き勝手振舞い、王家の名に泥を塗るかのごとく――」
「何を言っているの? わたくしはあなたに言っているのよ、アマンダ夫人」
……あれ?
よく見るとシルヴィア王女の冷ややかな視線が向いているのは……私じゃなくてアマンダ夫人の方じゃないですか!
これは、どういうこと……?
「シ、シルヴィア王女殿下……いったい何を? 何か誤解をされていらっしゃるのでは……」
「あなた、この計画をいつも私が行っているものだと言ってアデリーナ妃に渡したそうね」
そう言ってシルヴィア王女が取り出したのは、最初にアマンダ夫人に説明されて、私が突っぱねた計画書だった。
その計画書を見た途端、アマンダ夫人の表情がさっと青ざめる。
「な、なぜそれを……」
「信頼できる情報筋から送ってもらったの。……まったく、あなたは今まで何を見てきたのかしら?」
氷のように冷たいシルヴィア王女の視線に、アマンダ夫人はガタガタ震えている。
えっと、よくわからないけど……もしかして、アマンダ夫人が私にやらせようとした計画書は、シルヴィア王女のものではなかったということですか……?
私の困惑しきった表情に気づいたのか、シルヴィア王女はふっと笑う。
その表情がどこかアレクシス王子に似ていて、私は不覚にもどきりとしてしまった。
「……ここに記されている計画案は、もう何十年も昔のものよ。私がこの活動を引き継いだ時でさえ、こんなにひどいものではなかったわ」
……なるほど。
つまり、アマンダ夫人が意図的に私に偽の計画書を渡し、嵌めようとしていたということですか。
はぁ、勇気を出して彼女に逆らってよかった……!
「……確かに、今回の件はお義姉様や各所に報告した方がよさそうね。まぁ、今はそれよりも――」
「アデリーナ!」
また新たに、庭園の入り口の方から声が響く。
でも今度は、とても懐かしい声だった。
弾かれたように振り返ると、そこには……小走りでこちらへ駆けてくる、アレクシス王子のお姿が!