13 お妃様、パーティーを始める
「お妃様、これはいったいどういうことですか!」
翌日、やって来たアマンダ夫人は私を見てカンカンだった。
それもそうですよね、今の私ときたら……。
最近は封印していたエプロンドレス姿で、元気よく牧場の動物たちの世話をしているのですから!
「御機嫌よう、アマンダ夫人。今度行うパーティーでは、子どもたちにこのように動物たちと触れ合ってもらおうと思って、下見をしていたところです」
「動物と触れ合うですって!? 王太子妃ともあろう御方が、なんと野蛮な! もっと伝統を重んじた――」
「いいえ、アマンダ夫人。私はもう決めました。きっと子どもたちも喜んでくれるはずです」
「いけません、お妃様! もしも今後もこのような形で勝手に進められるようでしたら、わたくしはもうお妃様をお支えすることは不可能です! この役目から降りさせていただきます!!」
アマンダ夫人はツンと取り澄ました表情で、高飛車にそう言い放った。
そう言えば、私がすぐに謝って来ると思ったのでしょうが――。
「承知いたしました、アマンダ夫人。今までご苦労様でした」
エプロンドレスのまま丁寧に礼をすると、アマンダ夫人はまるで鳩が豆鉄砲を食ったような表情に変わる。
ふふ、私だってやられっぱなしじゃないんですからね……!
「……このことはきっちり報告させていただきます。それでは、失礼いたします!」
恨めし気にそう言い放つと、アマンダ夫人は忙しない足取りで去っていく。
その姿が完全に見えなくなったところで……私はへなへなとその場に座り込んでしまった。
「い、言っちゃった……」
これでもう、後戻りはできない。
覚悟は決めていたけど、うぅ……胃がキリキリする……!
「ご立派でした、お妃様!」
「これでもう、あの意地悪夫人に振り回されずに済みますね!」
すぐに侍女たちが駆け寄って、慰めてくれる。
「お妃様、何があろうと私たちはお妃様の味方です!」
皆口々に、そう言って励ましてくれる。
うぅ、皆さん情けない妃のためにありがとうございます……。
「フェ~」
様子を見守っていたペコリーナも近づいてきて、すりすりと私の方へ鼻先を寄せてきた。
「……えぇ、大丈夫よ。私は私なりにやってみせるわ」
どうせ最初から、私は想定外のお妃様だったのだ。
こうなったら、とことん道を踏み外してやりましょう!
「みんな、当日はいっぱい子どもたちと遊んであげてね」
「メェ~」
「モォ~」
動物たちにも声をかけると、「了解した」とでもいうように返事をしてくれる。
うん、ここは大丈夫そう!
それじゃあ次は……お食事のメニューを考えなきゃ!
「……このトマトを切ってくれる?」
離宮の厨房でこっそり包丁に話しかけてみたけど、肖像画の中とは違ってうんともすんとも言わない。
うーん、やっぱりヒューバートさんがいないと駄目か……。
「お妃様、どうなさったのですか?」
「い、いいえ! 何でもないわ!!」
危ない危ない、「お妃様は包丁に向かって何かぶつぶつ話しかけておられました……!」なんて噂が広まったら大変だ。
そんなこんなで……準備に追われているうちに、あっという間にパーティー当日がやって来てしまったのです。
◇◇◇
「見て~、この羊さん可愛い!」
「フーン」
「うふふ、この子はアルパカって言うのよ」
「すっげぇ! 本物の妖精だ! 捕まえろ!!」
「ひぃぃぃ! アデリーナさま助けてー!!」
「あらあら、妖精さんは怖がりだから、優しく遊んであげてね?」
大顰蹙だったらどうしよう……なんて昨日は心配であまりよく眠れなかったりもしたけど、嬉しいことにパーティーは大盛況!
やって来た子どもたちは大喜びで牧場の動物たちと遊んだり、ロビンを追いかけまわしたりしている。
そんな和やかな光景を見ながら、私は安堵に胸をなでおろした。
「みんな、そろそろお食事にしましょう?」
「は~い」
幸いにも好天に恵まれ、離宮の庭園にセッティングされた長テーブルには、所狭しと料理が並んでいる。
王子には出せなかったキャロットラペ、離宮の傍の畑で採れた野菜をふんだんに使ったキッシュに、オニオングラタン、じゃがいものガレット。
もちろん、デザートもたくさん用意しましたとも!
りんごがたっぷりのタルトタタンに、とろとろ濃厚なクリームブリュレ、みんな大好きなムース・オ・ショコラ!
離宮の侍女たちやダンフォース卿に手伝ってもらって、スイーツビュッフェの完成です!
嬉しそうに料理にかぶりつく子どもたちの声を聴いていると、やっぱりあの時アマンダ夫人の言いなりにならなくてよかったな、と思えてくる。
伝統や形式も大事だけど、私はみんなの笑顔の方がもっと好き。
きっと……あなたならわかってくださいますよね、王子?
……なんてなごやかに食事をしていると、不意に空気を引き裂くかのような悲鳴が響き渡る。
「まぁ! なんてはしたない!!」
……やっぱり、来てしまいましたか。