10 お妃様、調理器具に助けられる
「くっ、間に合わない……!」
窓から夕陽が差し込み、もうすぐ日が落ちることを知らせてくれる。
きっと今頃大宮殿では、盛大に王子のお誕生日パーティーが開かれていることだろう。
そんな中、私は……必死に厨房で足掻いていた。
10歳の王子に食べていただくのだから、手は抜きたくない。
何度も試行錯誤して、味見して……中々思うようなものができ上がらずに、気が付けばこんな時間になってしまった。
このままじゃ、間に合わなくなっちゃう……!
「やあやあ、調子はどうかな?」
焦る私のもとに、機嫌よさそうにヒューバートさんがやって来た。
「駄目です、間に合いそうにありません……!」
泣きそうになる私に、ヒューバートさんは不思議そうに首を傾げた。
「できてるじゃないか」
「いいえ、これは失敗作です。こんなものを、王子に食べさせるわけにはいかないんです……」
確かに一応料理の形にはできてるけど、こんなのじゃ満足してもらえるはずがない。
今の私にできる最高の出来栄えを、王子に届けたいのだから。
でも、今から作り直しても間に合うわけがない。
……やっぱり、私には無理なのかな。
お妃様としても……何をしても中途半端で、アマンダ夫人が呆れるのも当然だ。
こんなふうじゃ、王妃様が任せてくださった仕事だってうまくいくわけがないんだ……!
「……大丈夫、泣かないで」
そっと暖かな手が頬に触れて、私は慌てて俯いた。
「泣いてません!」
「君が美味しい料理を作ろうとするのは、どうして?」
「それは……アレクシス王子に、喜んでほしいから……」
「そう、その想いがあれば大丈夫だ。君の想いはきっと伝わるはずだよ。アレクシスにも……皆にも」
「……皆って?」
そう問いかけると、ヒューバートさんは近くに置いてあったお玉を手に取って、ウィンクしてみせた。
「この厨房のみんなだよ。この3日間、しっかり君の頑張りを見ていたはずだから」
…………え?
私は慌てて周囲を見回した。
え、ここにいるのは私一人だと思ってたのに、透明人間でもいたんですか!?
ちょっと怖くなって警戒する私に、ヒューバートさんはお玉を手渡してきた。
「ほら、きっと頼めば力を貸してくれるはずだ」
「あの、頼むって……誰に?」
ヒューバートさんはにこにこ笑いながら、私が手にするお玉を指さした。
…………え?
「……このお玉に、ですか?」
「あぁ、彼らは美味しい料理を作るのが仕事だからね。きっとアデリーナの想いに共感してくれるはずだ」
……大丈夫かな、この人。
最初っから怪しさ全開だったけど、私はいよいよ彼が分からなくなってしまった。
しかし笑顔で圧をかけられて、何もしないわけにはいかない。
えっと、「頼めば力を貸してくれる」でしたっけ。
とりあえず。振りだけでも……。
「あの、じゃあ……焦げ付かないようにお鍋をかき混ぜてくれる?」
ちょっと恥ずかしく思いながらも、私は小声でお玉のそう頼んでみた。
その途端……。
「わっ!?」
まるで生き物のように、お玉が私の手から飛び出したではないですか!
そのまま床に落ちるかと思いきや、まるで羽でも生えているかのように浮き上がり、お玉は鍋の中に落下した。
そして……見えない手で動かしているかのように、ひとりでにぐるぐると鍋をかき混ぜ始めたのだ。
「え? え??」
「ほらほら、他には何を作るんだい? ちゃちゃっとやっちゃおう!」
……もしかして、私は長い夢を見ているのかしら。
いや、今はそんなことを考えている暇はない。
とにかく、やれるようにやってみよう!
盛大に混乱しながらも、私はキッチンの調理器具たちに頼んでみた。
包丁、フライパン、ヘラ、スプーンにホイッパー……。
皆、私が頼めばその通りに動いてくれるのだ。
滞っていた料理も、どんどんと出来上がっていく。
「これも、あなたの魔法なんですか?」
「さぁ、どうだろうね」
ヒューバートさんが曖昧に笑う。
手際よく動き回る調理器具たちを眺めながら、私は不思議な気分を味わっていた。