9 お妃様、過去の離宮へやって来る
「はい、これが今後3日間のアレクシスのスケジュール。びっちりだね!」
「……どこから入手したんですか?」
「それは企業秘密で」
私がこっそり使用人の待機部屋に忍び込んでお仕着せに着替える間に、ヒューバートさんはどこからかアレクシス王子のスケジュールを手に入れたようだ。
うーん、10歳の子どもとは思えないくらい、みっちみちにスケジュールが詰まっている。
王子様も楽じゃないんですね……。
「誕生日当日は、宮殿で大規模なパーティーが開かれるんだ。そこからアレクシスを誘拐して遊びに行こうか!」
「駄目ですよそんなの! えっと……パーティーの後に、少しだけ空白の時間がありますね。そこであらためて、私たちで小さなパーティーを開くのはどうでしょうか」
「追いパーティーか! 楽しそうだね!!」
王子はお疲れかもしれないけど、ささやかなお祝いをして……少しでも、誕生日って楽しいものだと思ってもらえたら嬉しい。
「そうと決まったら、さっそく招待状を作ろうか。プレゼントと料理とケーキも忘れずにね!」
「でも、今の私たちは本来ここにいるはずのない人間ですよ? 変な行動を取れば怪しまれるんじゃ……」
「未来の君が暮らしている離宮、10年前の今は基本的に無人なんだ。そこを拠点にしよう」
あれよあれよという間に、ヒューバートさんは私を引っ張って離宮へと連れていく。
お馴染みの離宮は、確かに私が暮らしている今と比べると静寂に包まれていた。
「はい、これが離宮の鍵」
「……どこで手に入れたんですか?」
「それは企業秘密で」
あっさりと鍵を開け、私たちは離宮へと侵入する。
……確かに無人だ。うるさくしなければ、見咎められることもなさそう。
「じゃあ招待状を作ろうか! えっと、羊皮紙と羽ペンはどこにしまったっけ……」
ヒューバートさんが羊皮紙を探して、持っていた鞄からぽんぽん物を引っ張り出していく。
クッション、枕、毛布、ランプ、花瓶、大きな鏡、帽子掛け……。
「……どう見ても、その鞄に入る量じゃないですよね?」
「それは――」
「企業秘密?」
「よくわかってるじゃないか」
はぁ……もう突っ込むのはやめておこう。
余計に疲れちゃうしね……。
「あったあった。それじゃあ、アレクシスに招待状を送ろうか」
ヒューバートさんが寄越した羊皮紙と羽ペンを受け取り、私はアレクシス王子への招待状をしたため始めた。
ふぅ、お妃様の仕事で招待状やお礼状は嫌ってほど書かされるから、いつの間にか慣れてしまった。
他でもない、アレクシス王子へ。「第一王子」ではなく「あなた」への招待状を。
どうか、伝わってくれるといいんだけど……。
「できたわ!」
「よし、それじゃあ行こうか」
「行くって、どこへですか?」
「決まってるじゃないか。アレクシスのところだよ」
そう言うやいなや、ヒューバートさんは私の手を取って駆け出した。
はぁ、10歳のアレクシス王子よりもよっぽど子どもみたいな人ですね……。
「やあやあ、アレクシスはいるかな?」
「……ヒューバート、見ればわかると思うが今は帝王学の授業中だ」
まったく常識というものをわきまえないヒューバートさんは、なんとお勉強中のアレクシス王子のもとへ突撃してしまった。
ほらー、王子も先生も困ってるじゃないですかー!
「も、申し訳ございません王子殿下……」
「……それで、何の用だ」
必死に謝ると、王子はため息をつきつつも用件を聞いてくれる。
私はおそるおそるお手製の招待状を差し出した。
「その……こちらを、お届けに参りました」
「……なんだこれは」
「それは見てのお楽しみ! それじゃあね!」
用が済むと、私は慌ててヒューバートさんを引っ張って王子のもとを後にする。
うーん、勢いで渡しちゃったけど、今の王子から見て私は知らない召使いだし、ヒューバートさんはこんなんだし、ちゃんと来てくれるかな……。
「プレゼントは僕が用意するから、後は料理とケーキだね。準備は君に任せてもいいかい?」
「構いませんけど、食材の調達はどうしたら……」
「あぁ、じゃあおまじないをあげるよ」
そう言うと、ヒューバートさんは人差し指で私のおでこをちょん、とつついた。
「はい、終わり。これで君は城の人には馴染みの使用人の一人として認識されるから、どこでも自由に動けるよ」
えっ、そんなので大丈夫なの……? と心配だったけど、意外に大丈夫だった。
私がお城のキッチンに入って、食材を持ち出しても……皆、「お疲れさま」としか言わないのですから!
確かにヒューバートさんの言う通り、あちこちをうろうろしていても不審に思われない召使の一人だと認識されているようである。
そんなわけで私は、えっちらおっちら王宮内のいろいろなところを駆けまわって、食材集めに奔走するのでした。
はぁ……料理なんていつもやってるから簡単簡単……なんて思っていたら大間違いだった。
いつもは離宮の皆が手伝ってくれるけど、今は私一人だけ。
何から何まで一人でこなさなければいけないのです。
調理器具は頼めばヒューバートさんがあの謎の鞄から出してくれるけど、食材は私が集めなきゃいけないし。
離宮の設備も10年後とはちょっと違うし、意外とこれが大変なんだよね……。
でも、これも王子のため。
アレクシス王子に楽しい10歳のお誕生日を過ごしてもらうために、頑張らなくては!
なーんて気合で頑張っていたけど、現実は無常で。
あっという間に、アレクシス王子のお誕生日当日がやって来てしまったのです。