7 お妃様、魔法使いのペースに翻弄される
「あの、お客様とは露知らず申し訳ありませんでした……。まさか空から降って来るとは思わず……」
とりあえずあの後、私は不審者……もとい魔法使いのヒューバートさんを、離宮へとお招きすることにした。
まったく、普通に正門から入ってきてくれれば面倒なことにはならなかったのに……。
なんで魔法使いって、不審者扱いされるような行動ばっかりするんですか?
まぁ一応は私が頼んで、王子が招いてくださったわけだし、彼は正式なお客様。
騎士たちに否はないけど、いきなり取り囲んで驚かせてしまったことをお詫びしましょう。……あまり、驚いてもいなかったけど。
「いいよいいよ、それよりこのプディングは美味しいね! 君が作ったの?」
「は、はい……」
「それはすごい! まるで魔法だ!」
うっ、そんなに褒められると照れる……じゃなくて!
そうだ! 魔法!!
「あのっ! 私……魔法の力を制御する方法を教えて欲しいんです!」
前のめりにそう頼み込むと、ヒューバートさんはにやりと笑う。
「それよりも、今は他にやることがあるんじゃないのかい?」
まるで私の心を見透かしたようなその言葉に、心臓がどくんと音を立てる。
確かに、魔法の制御も私にとって大事なこと。
でも、今はそれよりも……子どもたちのためのパーティーについて考えなくてはならないのも事実だ。
この人には、どうしてわかったんだろう……?
「根を詰めすぎるのはよくないよ。まずはゆっくり休憩しよう」
そう言うと、ヒューバートさんは持っていたカバンから中の見えない瓶を取り出した。
「お気に入りのシロップなんだ。君もどう?」
「では……いただきます」
彼が瓶の中を掬うと、スプーンはなみなみとオレンジ色のシロップが満たされた
柑橘系のシロップなのかな?
「はい、君にも」
シロップを自分の紅茶に注いだヒューバートさんは、もう一度スプーンで瓶の中身を掬う。
だがスプーンを満たしているのは……先ほどとは違う、赤い色のシロップだった。
「えっ? どうして……?」
「ベリーシロップ、好きだろう?」
「それは、好きですが……」
…………??
何かしら、これは。
何かの手品? ドッキリ??
困惑する私の前で、ヒューバートさんは何事もなかったかのように紅茶を口にしている。
私もおそるおそるティーカップを口に運んだけど……確かに、彼が注いでくれたのはベリーシロップのようだった。
フルーティーな香りが口の中で広がって、こんな時じゃなかったらリラックスできたんだろうけど……。
「難しい顔してどうしたんだい? そうだ、気分転換に行こう!」
何を思ったのか、いきなりそう言ってヒューバートさんは立ち上がった。
「ここは素敵な場所だね。案内してくれるかい?」
「は、はい……」
……なんて、マイペースな人なんだろう。
でも気が付けば、私は彼のペースに飲まれるかのように離宮の案内を始めていたのだ。
◇◇◇
ヒューバートさんは鼻歌を歌いながら、離宮を案内する私についてくる。
やっぱり、魔法使いって変わった人が多いんだなぁ……。
まず、格好がおかしい。
街中にいたら「大道芸人かな?」とも思うような奇抜な格好は、王宮内では明らかに浮いている。
思えば空から侵入してきた時点でおかしいし、そもそもどうやって空を飛んでいたんだろう。
ロビンみたいに羽が生えてるわけでもないし、エラと一緒にいる魔法使いみたいに箒に乗ってるわけでもなさそうだし……。
本当に謎だ。王子が出したらしいあの手紙も、偽造とかじゃないよね……?
ちらちらと怪しむ私の視線など気にも留めないヒューバートさんだけど、廊下に飾られた絵が気になったようで足を止めた。
「小さいアレクシスだ」
「これは……アレクシス王子の10歳の誕生日に描かれた肖像画だそうです」
そこに飾られているのは、アレクシス王子、国王陛下、王妃様の三人が描かれた肖像画だった。
なんでも王子の10歳のお誕生日に描かれたものだそうで、誰かが気を利かせて飾ってくれたようだった。
ふふ、幼い王子は何とも可愛らしくて、私はこの絵を見るたびにほっこりした気分になるのです。
ちょっと王子が仏頂面なのが気になるけど……この絵を描かれた時に、緊張してたのかな?
「でも、誕生日にしてはあまり楽しそうじゃないね、アレクシス」
私と同じことを思ったのか、絵を見つめながらヒューバートさんがぽつりと呟く。
「それは……肖像画を描くということで、緊張されていたのでは?」
「肖像画なら幼い頃から何十枚と描かれているだろうし、今更そんなことで緊張すると思うかい?」
「それは……」
言われてみれば確かに……王子は生まれた時から王子だったし、あまりこういう時に緊張するような人でもないような気がする。
首をかしげる私に、ヒューバートさんは意味深な笑みを送って来た。
「ね、気にならないかい? どうしてアレクシスが、こんな顔をしているのか」
「そりゃあ、気になるといえば気になりますけど……」
「じゃあ、確かめに行こう」
「確かめるって……王子は今他国にお出掛け中でご不在なんです。会いに行くこともできませんし――」
「あぁ、会いに行くのはそっちじゃなくて、こっちのアレクシス。そっちの方はどうせ『そんな昔のことは忘れた』なんて言って誤魔化されるだろうからね」
そう言って、ヒューバートさんは肖像画の中のアレクシス王子を指さした。
……え? どういうこと??
「さぁ、出発だ」
そう言うやいなや、ヒューバートさんは私の手を掴んで肖像画の中へ飛び込んだ。
そう……文字通り、絵の中へと飛び込んだのだ。