6 お妃様、謎の不審者に出会う
「元気出してください、アデリーナさま! あんな意地悪おばさんのことなんて無視してやればいいんですよ!!」
「…………そういうわけにもいかないのよ」
アマンダ夫人が帰った後、私はロビンと一緒にふらふらと庭園を散歩していた。
――「妃の自覚がない」
その言葉が、じくじくと胸に突き刺さっている。
最初は、すぐに離婚してもらうつもりだった。
だから私はこの離宮で自由に暮らしていたし、「妃の自覚がない」というのも、あながち的を外した指摘ではないのだ。
でも、だからといって……何もかもを言われたままに従うのが、正しいやり方なのだろうか。
子どもたちを喜ばせるはずのパーティーで、魚の頭が飛び出た料理をだすようなやり方が――。
「どうすれば、いいのかしら……」
ぽつりとそう呟くと、ロビンはなんとか私を慰めようとパタパタ周りを飛び回った。
かと思うと、急に上空を指さして驚いたように叫ぶ。
「アデリーナさま! 空に大きなカラスが!!」
「え?」
つられて上を向くと、確かに何か黒い物体がふわふわと浮いている。
でもあれ、本当にカラス……?
「カラスにしては、大きくないかしら……」
おそるおそる見守っていると、謎の物体はふわふわと空中を浮遊しながら、少しずつ地上へ近づいてきているようだった。
そしてびゅう、と強い風が吹いた途端、風にあおられバランスを崩したのか、真っ逆さまに落ちてくる。
「妃殿下、お下がりください!」
異変を察知したのか、近くに控えていたダンフォース卿が私を庇うように前に出た。
それでも私は、その黒い影から目を離すことができなかった。
だってあのシルエットは……どうみても、人間なのだから!
「危ない、落ちちゃう……!」
私の祈りが通じたのか、落ちてくる黒い影は傘のようなものを広げ、落下速度がゆっくりになる。
そのまま私たちが見守る前で、何者かはバサバサと庭園の木々に引っかかりながら、私たちの近くの茂みの中へと落ちてきた。
「不審者だ、捕らえろ!!」
ダンフォース卿が指示を出すと、素早く警備の騎士たちが集まってくる。
おぉ、普段は平和すぎて申し訳ないくらいだった騎士さんたちに、やっとまともな出番が!
「いてててて……」
茂みをかき分けるようにして、空から落ちてきた何者かは立ち上がった。
よかった、ちゃんと生きてる……。
なんて安心したのも束の間、現れた人物を見て、私は固まってしまった。
それは……まるで街で見る奇術師のようないでたちの、若い男性のようだった。
おそるおそるダンフォース卿の背後から状況を見守る私と目が合うと、彼はへらりと笑う。
変な格好の人が、いきなり空から降ってくるなんて……どうみても不審者ですね!
「動くな、止まれ!」
「え、なになに?」
すぐに集まって来た騎士が四方八方から剣を突きつけ、不審者は驚いたようにきょろきょろと周囲を見回した。
「よくわからないけど物騒だね。何か事件でもあったの?」
「黙れ! それ以上動くな!」
まったく動じた様子を見せない男性に、一人の騎士が激昂したように一段と剣を突き出す。
だがその切っ先を、男性はおもしろそうに指で挟んだ。
そして次の瞬間……まるで飴細工のように、騎士の剣がぐにゃりと曲がったのだ。
「なっ……!」
「シャムシールみたいだろ? これで砂漠の国に行っても安心だ」
唖然とする騎士たちに笑いかけ、謎の男性は周囲を取り囲む剣など歯牙にもかけずに、のんきに口を開いた。
「ところで君たち、アデリーナって人を知らないかな? この辺りに住んでいるはずなんだけど」
「え、私……?」
思わずそう呟くと、その男性の表情がぱっと明るくなった。
「君がアデリーナか! 会いたかったよ!!」
そのままにこにことこちらへやってこようとしたけれど、その前にダンフォース卿が瞬時に剣を抜き、彼の首筋に突きつけた。
普段の穏やかな彼からは信じられないほど剣呑な空気に、私まで思わず身を固くしてしまう。
「……貴様は何者だ。まずは名を名乗れ」
「あぁ、そうだったね! ごめんごめん。僕はヒューバート。アレクシスから頼まれてアデリーナを助けに来た魔法使いだよ」
そう言って謎の不審者――ヒューバートさんは、懐から一枚の手紙を取り出した。
その手紙には、確かにアレクシス王子の紋が刻まれていたのだ。
と、いうことは……この不審者が、王子の言っていた魔法使いさんですか!?