5 お妃様、ダメ出しをされる
「というわけで、しばらく忙しくなると思うけど……みんな、よろしくね」
「「はい!」」
離宮に戻るとさっそく、私は孤児院の子どもたちのためのパーティー計画を練り始めた。
みんなで美味しい物を食べて、ゲームとかして遊んで……ふふっ、楽しそう!
「デザートはどんなものがいいかしら! 子どもたちが好きそうな物は……」
どうせなら、この離宮の畑で作った物を食べてもらうのはどうだろう。
牧場の動物たちともあそんでもらったりして……。
離宮の皆も協力してくれるみたいだし、よかった……なんとかうまくいきそう!
だが、畑に出て何の料理を作ろうかと考えていると……お客様がやって来てしまった。
「失礼ですが、こちらにアデリーナ妃殿下はいらっしゃいますか」
やって来たのは、40代くらいの眼鏡をかけた、きっちりした雰囲気の貴婦人だった。
彼女はじろりと訝しげに、畑の手入れをする私たちを見まわし、少しだけ顔をしかめた。
私のご用とのことですが……いったい誰なんだろう。
「アデリーナは私です。どういったご用件でしょうか」
とりあえず前に進み出てそう声を掛けると、貴婦人は何か恐ろしい物でも見たかのように手で口を覆った。
「まぁ、妃殿下! なんてみすぼらしい恰好を!!」
……みすぼらしい、ですか。
まぁ確かに、今の私はいつものエプロンドレスを身に着けている。
きっちりドレスを身に纏う貴婦人からすればみすぼらしいのかもしれないけど、まさか面と向かってそう言われるとは……。
「お見苦しい恰好で失礼いたしました。ですが野外での作業はどうしても汚れてしまうことがあるので、この格好が一番効率的なのです。どうかご理解ください」
そう言うと、貴婦人は一瞬不快そうに眉を寄せた。
だがすぐに取り繕うように咳ばらいをし、彼女は優雅にお辞儀をしてみせた。
「わたくしは伯爵夫人のアマンダと申します。王妃様より妃殿下を補佐するようにとの命を受け、参りました」
あれ……王妃様がこちらに派遣してくださるのは、別の子爵夫人だって聞いたけど……交代になったのかな?
そう尋ねると、アマンダ夫人は「何を当たり前のことを」とでも言いたげに鼻を鳴らした。
「えぇ、子爵夫人は少し体調を崩されたとのことで、代わりにわたくしが参りました。なにか不都合でも?」
「い、いいえ……よろしくお願いいたします、アマンダ夫人」
エプロンドレスのままお辞儀をして見せると、アマンダ夫人はまたもや鼻で笑った。
うーん、うまくやっていけるか、ちょっと不安かも……。
「まず妃殿下にご承知おきいただきたいのは、これは伝統ある王家の立派な事業の一つだということです。子ども相手だといって、侮ったり手を抜かれては困ります。王家の威信に関わりますので」
離宮に戻って、かっちりとしたお妃様スタイルに着替えると、さっそくアマンダ夫人のレクチャーが始まった。
アマンダ夫人の口調は丁寧だったけど、言葉の端々から「絶対に王家の顔に泥を塗るな」と言いたいのが伝わってくる。
どうやら彼女は、私のことを「何の作法も知らない下賤な娘」だと思っているようだった。
まぁ、さっきの農作業の様子を見られたしそう思われても仕方ないんだけど……一応あれは、きちんと王子殿下の許可を取ってるんですからね!?
「それではこちらの資料をご覧ください。過去の伝統と実績を元に作成した、今回のパーティーの素案になります」
そう言ってアマンダ夫人は、一枚の紙を見せてくれた。
なるほど、メインディッシュはお魚のパイ、デザートはカットフルーツのみ、余興はわが国の歴史の読み聞かせ……。
うーん、これって……かなり地味じゃないですか?
少なくとも私が招待される子どもだったら、退屈かもしれない。
「それでは妃殿下、この計画に沿って使用人の手配を行いたいと思いますが――」
「少し待っていただけますか、夫人。この内容だと、少々子どもたちには退屈なのでは……」
おそるおそるそう口にすると、アマンダ夫人はぞっとするほど冷たい視線をこちらに注いできた。
思わずびくりと肩が跳ねると、夫人はこれ見よがしに大きくため息をついてみせる。
「……妃殿下、先ほども申し上げました通り。これは王家の公式的な行事なのです。妃殿下の行いは王家の行いと見なされるのです。差し出がましいようですが、妃殿下はまだ宮廷の空気に不慣れなようですので……妃殿下に何か粗相があればそれはアレクシス王子殿下、それに王家全体の瑕疵とみなされます。……軽率な発言は、謹んでいただきますよう」
その言葉に、私は一気に恥ずかしくなった。
王子はありのままの私を好きだと言ってくださった。
だから、有り体に言えば……調子に乗っていたのだ。
少し頭を働かせれば、私の振舞いを良く思わない人がいることだって、わかったはずなのに。
ここで私が意地を張れば、それはすべて王子の評判に響いてしまう。
私のせいで王子が悪く言われるなんて……そんなのは嫌。
だから――。
「……わかりました」
静かに頷くと、アマンダ夫人は満足げに笑った。
「既に料理人にメニューを一通り用意させております。妃殿下には試食をお願いいたしますので、こちらでお待ちください」
私は情けなさに打ちひしがれながら、料理が運ばれてくるのを待った。
このパーティーは、子どもたちには退屈なのかもしれない。
でも、それが我が国の伝統。私の我儘で、勝手に伝統をぶち壊すわけにはいかないのだ。
やがて、目の前のテーブルに皿が運ばれてくる。
なんの装飾もないカットフルーツ、サラダ、スープ、それにあのパイは……。
「えっ、ちょっ……!」
目の前のどん!と置かれた料理に、私は仰天した。
なんとパイの中から、いくつもの魚の頭が飛び出てきているのだ!
その中の一匹と目が合った気がして、思わずひっと息を飲んでしまう。
ちょっと待って、本気でこれを子どもたちに出すつもり!?
「アマンダ夫人、これは少し……」
「何でしょう、妃殿下。こちらは由緒正しいスターゲイジーパイにございますが」
「その、このパイは少し、子どもには刺激が強すぎるのでは……」
パイはパイでもミートパイとか、きのこパイとか、魚を使うにしてももっとこう……見た目が何とかなりませんか!?
なんとかそう伝えたけど、アマンダ夫人はより厳しい目を私に向けただけだった。
彼女は大きくため息をつくと、嘲るような表情で私を見下ろし、口を開く。
「妃殿下、先ほども申し上げました通り、これが我が国の代々の伝統なのです。それに異議を申し立てるとは……失礼ながら、妃殿下には少々妃としての自覚が欠けていらっしゃると言わざるを得ません」
アマンダ夫人の言葉が、鋭いナイフのように胸に突き刺さる。
私は何も言えずに、ただ俯くことしかできなかった。
そんな私を鼻で笑い、アマンダ夫人は高らかに告げる。
「……本日はここまでといたしましょう。妃殿下も、今後の振舞い方を良く考えていただきますよう。わたくしの提案が気に喰わないというのでしたら、どうぞわたくしをお役御免にしてくださいませ」
そう言って、アマンダ夫人は颯爽と去っていった。
私はただ、見送ることもできずにじっと俯くことしかできなかった。
……おとぎ話の中では、王子様と結婚すればそれでハッピーエンド。
二人はいつまでも仲良く暮らしました。めでたしめでたし、となるけど……。
現実は、そうじゃない。
お妃様になってからも、たくさんの困難があるのだと……私はあらためて、思い知らされていた。