4 お妃様、王妃様に呼ばれる
……といっても、離宮は今まで通り平和そのものだ。
そのまま特に何事もなく数日が過ぎ……だが突然嵐はやって来た。
畑の手入れから戻った私のもとに、神妙な顔の侍女長がやって来たのだ。
「お妃様、先ほど王妃殿下付きの侍女の一人がこちらへ参りました」
「王妃様の……?」
王妃様といえば、アレクシス王子のお母様だ。
今まで王子や国王陛下を交えて晩餐を共にしたりすることはあったけど、いったいなんだろう。
首をかしげる私に、侍女長が差し出したのは一通の招待状。
中を開けば、お茶会へのお誘いだった。
……私と王妃様、二人だけの。
「…………!」
アレクシス王子がご不在の今、王妃様は一対一で私に申し上げたいことがあるようだ。
こっ、これはまさか……「あなたなんて私の息子にふさわしくなくってよ、この身の程知らず!」というあれですかー!?
◇◇◇
「こ、これで大丈夫かしら……!」
「とってもお綺麗です、お妃様!」
王妃様とのお茶会の日、私はいつも以上に気合を入れて身支度を整えていた。
なにしろ私は、おそらく王妃様から見ればめちゃくちゃ心証が悪いだろうから!
生まれは男爵家、母が再婚してからは子爵家の継子。
一応貴族の娘ではあるけど、王太子妃としてはなんとも微妙な経歴なのである。
最初に王子が見初めたのは私の妹で、私はただ体裁を取り繕うためだけの身代わり。
しかも怪しげな魔法の力を持っていることを、舞踏会の場で大々的に暴露されている。
……うん、無理だ。
考えれば考えるほど、王妃様が私を王太子妃として認められるわけがないのです!
うぅ、どう考えても離縁勧告だよね……。
今までは王子が傍にいたから言えなかったけど、きっと王妃様は前々から私に出ていけと言いたかったのだろう。
でも、私は……まだ、ここにいたい。
王子や、離宮の皆の傍にいたい。
だから……王子の妃として認められるように、頑張らないと!
「……行ってくるわ」
いつもよりもきっちりとお妃様スタイルに変身した私は、おっかなびっくり王妃様のもとへ向かうのだった。
「突然ごめんなさいね、アデリーナ。来てくれて嬉しいわ」
「こちらこそ、お招きいただき大変光栄にございます。本日はお日柄もよく、王妃様におかれましては――」
「あらやだ、堅苦しい挨拶はなしにしましょう?」
うっ、初手を誤った!
かしこまって挨拶を述べようとしたけど、王妃様にはくすくす笑われてしまった。
おそるおそる席に着くと、王妃付きの侍女が見惚れるほど優雅な手つきでお茶を注いでくれる。
緊張でかちこちになる私の正面で、王妃様は悠然と微笑んでいる。
わぁ、私は何年たってもこんな風にはなれなさそう……。
「たまには殿方抜きでお話したいと思ったの。アレクシスはどう? あなたを困らせたりはしてないかしら?」
「も、もちろんです! 王子殿下はとてもよくしてくださいます!!」
「そうなの? それはよかったわ。あの子は昔からちょっと思い込みが激しいところがあったから……」
想像していたより、和やかにお茶会は進んでいく。
王妃様がいきなり「あなたが王族の一員だなんていい面汚しだわ」なんて、紅茶をかけてくるようなこともない。
うぅ、このまま何もなく終わったら身構えていたのが恥ずかしい……。
……そんな風に私が油断しかけた時、王妃様は何かを思い出したかのように口を開いた。
「そうそう、今日こうしてあなたを呼んだのは、あなたに頼みたい仕事があるのよ」
「お仕事ですか?」
私は慌ててぴっと姿勢を正した。
王妃様は直々に頼まれるお仕事、いったいどんなものなのでしょう……。
「王家の慈善活動の一つとして、毎年王立孤児院の子どもたちをここに招いて、パーティーを開いているの。以前はシルヴィアが担当していたのだけど、あの子は嫁いでしまったでしょう? だから、これからはあなたに頼みたいのよ」
王妃様の口にした内容に、私はごくりと唾を飲んだ。
今までも私は、王族として公務に当たっている。
でもそのほとんどは王子のおまけみたいなもので、私が単独で行うものはほとんどなかった。
でも、いよいよ王族の一人として仕事を任されるのだ。
それも、シルヴィア王女の後を引き継ぐ形で!
シルヴィア王女は国王陛下――アレクシス王子のお父上の年の離れた妹君で、王子から見れば叔母にあたる御方だ。
まぁ、叔母といっても年齢的には姉といったほうがしっくりくるのですが……。
そんなシルヴィア王女は、まさにクールビューティーを体現したかのような王女様だった。
積極的に人前に姿を現すことは少なかったけど、私もその評判は伝え聞いている。
驚くほど聡明で気高く、そして息を飲むほど美しい。人は皆、彼女の足元に跪かずにはいられなかったとか……。
彼女があまりに完璧すぎるので、求婚者が尻込みしてなかなかご結婚も決まらなかったとも聞いている。
しかし数年前に若くして爵位を継いだ辺境伯が、王宮を訪れた際に偶然目にしたシルヴィア王女に一目惚れ。そしてその場で電撃プロポーズ。
しかし王女は「わたくしはあなたのことを何も存じ上げません」とすげなく断ったらしい。
それもすごいことですよね……。
しかし辺境伯は諦めなかった。
忙しい仕事の合間を縫っては王宮に通いつめ、熱烈にシルヴィア王女にアプローチを繰り返したそうだ。
彼女の部屋のある建物の下で一晩中セレナーデを歌っていたとか、千本の薔薇の花束を携えて会うたび求婚したとか……まぁ、どこまで本当なのかはわかりませんけどね!
努力の甲斐もあって、ちょうど百回目のプロポーズの際に王女はやっと頷いたそうだ。
そうしてシルヴィア王女は王宮を出て辺境伯夫人となった。
私もその話を聞いた時は、「ちょっとやりすぎだけど素敵な話ね」とうっとりしたものだ。
シルヴィア王女はとても素晴らしい御方だから、そんな嘘みたいな恋物語も似合ってしまう。
でも、そんな彼女の仕事を私が引き継ぐなんて……荷が重すぎませんか!?
おそるおそる王妃様を見つめ返すと、彼女は相変わらず悠然と微笑んでいた。
「どうかしら? アデリーナ」
そうだ……もしかするとこれは、彼女が私に与えた試験のようなものなのかもしれない。
私が断れば、その場で「王太子妃の資格なし!」とみなされてしまうかも。
それはまずい。私は王子の妃として、精一杯頑張るって決めたんだから!
「……重要な役目を任せていただき光栄です。このお話、謹んでお受けいたします」
緊張を飲み込み、私は王妃様の真似をして悠然と微笑んでみた。
うっ、ちょっと頬が引きつる……!
私が頷いたのを見て、王妃様は嬉しそうにころころと笑った。
「助かるわ、アデリーナ。すぐにあなたの仕事を補佐する者を送るわね」
「感謝いたします、王妃様」
内心ぶるぶる震えつつも、私は何とか王太子妃の威厳を保とうと微笑むのだった。