3 お妃様、王子様のお見送りに出る
はぁ、話が振り出しに戻ってしまった。
私の魔法の扱い方なんて、誰に聞けばいいんだろう……。
とぼとぼと離宮に帰り着くと、慌てた様子の侍女が駆けてくる。
「妃殿下、王子殿下がお見えになっております」
「王子が!?」
もう、こちらに来られるときは先に知らせてくださいといつも申し上げているのに……!
慌てて応接間に駆け付けると、王子は優雅にお茶を飲んでいらっしゃるではないですか。
「遅くなって申し訳ございません、殿下」
「いや、勝手に押しかけたのはこちらの方だ。君が謝る必要はない」
「今日は何かありましたか? 事前に訪問のお知らせは頂いていないようですが……」
もしや私が忘れてるだけで大事な用事があったりしたんだろうか……。
おそるおそるそう問いかけると、王子はそっと微笑んだ。
「いや、ただ君に会いたかったんだ。了解を取る時間すら惜しくて、こうして押しかけただけだ」
その言葉を聞いた途端、一気に頬に熱が集まるのを感じた。
はぁ……相変わらず破壊力が高すぎる。王子はもう少し、ご自分の言葉の威力を自覚してください!
私なんて、ちょっと王子に甘い言葉をささやかれただけで、その日は何も手に付かなくなってしまうんですからね!
私は必死にティーカップを口に運んで、平静を装うので精一杯だった。
そんな私を見て、王子はくすりと笑う。
「そういえば、今日はどこかに出かけていたのか?」
「えぇ、ロビンとダンフォース卿と一緒に、魔術師の塔へ訪問をいたしました」
「……魔術師の塔? 何故そんなところに?」
「それが――」
軽く事情を説明すると、王子は少しだけ渋い顔をした。
まぁ、私の魔法のせいで一番被害を受けているのは王子ですからね……。
「確かに、魔法を制御できるにこしたことはないだろうな。この前なんて、あのままだったら君は俺と離婚して妖精の郷に残るなんて言い出しかねなかっただろう」
「うっ……」
うぅ、反論できない……。
いつ魔法が発動してどんな風にかかっているのか、当事者の私にすらまったくわからないのが困りものなんですよね。
私自身、知らないうちに自分に魔法をかけていたりするし……。
「それで、塔での収穫はあったのか?」
「いえ、塔で研究されている『魔術』と、私が無意識に使う『魔法』は別のものだと教わりました」
「なるほど、ならば魔法のことは魔法使いに聞くべきか……」
そうはいっても、魔法使いなんて話を聞こうと思って聞ける存在じゃないですよね。
私の知っている魔法使いは、エラのもとに現れたあの不審者ただ一人。
その彼も、エラと一緒にどこかへ旅立って行った。
今はどこにいるのかわからないし、とても話を聞くなんて――。
「わかった。今王宮に滞在している魔法使いはいないが、俺の方でコンタクトをとってみよう」
「えっ!? 魔法使いのお知り合いがいらっしゃるのですか!?」
驚く私に、王子はにやりと笑う。
「案ずるな、アデリーナ。王子たるもの、魔法使いの知り合いの一人や二人いなくてどうする?」
そういうものなんですか……?
さすがは王族コネクション。まさか魔法使いの知人がいらっしゃるなんて……。
「必ずや、俺が君の悩みを解決してみせよう!」
得意げに胸を張る王子に、私はほっと安堵に胸をなでおろした。
◇◇◇
本日は、他国で行われる大事な会議に出席する王子のお見送りです。
豪奢な馬車の前で、私たちはつかの間のお別れの挨拶を済ませておりました。
「済まない、アデリーナ。例の魔法使いには手紙を送ったのだが、いまだに返信がなくてな……」
「構いません。今のところは魔法が暴走するようなこともありませんし」
「あぁ、俺が不在の間、くれぐれも気を付けるんだぞ。ダンフォース、もしも妃を傷つけようとする者がいたら、即座に剣の錆にしてやれ」
「御意」
「アレクシス王子、僕もいます! 僕がいれば百人力ですよ!!」
「あぁ、アデリーナを頼んだぞ、ロビン」
「はーい!」
刻一刻とお別れの時間が迫ってきている。
少しの寂しさを堪えて、私は笑顔を浮かべた。
「それでは王子殿下、道中のご無事をお祈りしております」
「あぁ、君のためにもできるだけ早く帰ってこよう。土産は何がいい?」
「お土産なんて……王子が無事に戻って来られるのが何よりの土産です」
別れを惜しんで見つめ合っていると、秘書官のコンラートさんがこそっと王子に声を掛けていた。
「王子殿下、そろそろお時間です」
「あぁ……今行く。アデリーナ……」
そっと前髪をかき上げられたかと思うと、額に柔らかな感触が。
そのまま抱きしめられ……王子は私の耳元で囁いた。
「……参ったな、少し離れるだけでこんなに心配になるなんて。いっそ君を連れていきたいくらいだ」
切なげに微笑まれて、私まで押し殺していた寂しさが溢れ出しそうになってしまう。
送り出す側の私だって、心配でたまらないのは一緒なんですよ……?
再び見つめ合っていると、またしてもコンラートさんが王子に声を掛けていた。
「王子、これ以上はスケジュールに遅れが生じますので……」
「あぁ、すぐに行く。……アデリーナ、どうか無事でいてくれ」
「王子こそ、ご無理はなさらないでくださいね」
「……名前を」
「えっ?」
「名前を呼んでくれないか? 君の声を耳に刻みつけておきたい」
真摯な声でそう言われ、私は一気に真っ赤になってしまった。
うぅ、恥ずかしい……。でも、旅立つ王子の懇願を無視するわけには……!
「あの、お耳を……」
こそこそとお願いすると、王子は私の意図を察したのか少し屈んでくれた。
よし、頑張れ私……!
「……いってらっしゃいませ、アレク様」
最大限の勇気を振り絞って、そっと囁く。
その途端、ぎゅっと体を引き寄せられ抱きしめられる。
「あぁ、やっぱり駄目だな俺は。やはり君を置いていくなんて――」
「いい加減にしろやこの色ボケ野郎」
「いてててて」
絶賛甘々モードの王子は、ついにしびれを切らしたコンラートさんに引きずられて行った。
あぁ、いつもお世話をかけてすみません……。
「待てっ! まだ別れのハグが足りていないぞ!!」
「はいはい続きは帰ってからお願いしまーす」
半ば強制的に王子を押し込んで、ついに馬車は出発していった。
名残惜しそうに窓越しに何か言う王子に向かって、私は一生懸命手を振った。
お仕事頑張ってくださいね、王子!
私はしっかりと、留守をお守りしますから!!




