2 お妃様、魔術師の塔へ向かう
「ようこそいらっしゃいました。妃殿下」
「こちらこそお仕事の邪魔をしてしまってごめんなさい」
たどり着いた塔では、魔術師さんが快く出迎えてくれた。
「変わり者が多い」なんて聞いて身構えていたけれど、私たちを案内してくれる魔術師さんはいたって普通の人だった。
ふぅ、なんとか一安心……。
魔術師さんは、懇切丁寧に塔の中を案内してくれた。
ここでは日夜魔法に関する様々な研究が行われているようで、多くの魔術師たちが机にかじりついていた。
わぁ、お疲れ様です……。
一通り施設の中を案内してもらい、応接室に通されたところで私は本題に入ることにした。
「実は、私が本日こうしてお邪魔したのは……私に魔法の扱い方をご教授いただきたいのです」
私の質問に、魔術師さんは驚いた様子は見せなかった。
だが、返ってきたのは意外な言葉だ。
「喜んでお受けいたします……と言いたいのはやまやまですが、申し訳ございません、妃殿下。そのご依頼は承知いたしかねます」
「……理由を、お聞かせいただけますか」
「えぇ、勿論です。私もできればお力になりたいのですが、残念ながら……我々では力不足なのです。……妃殿下、『魔法使い』と『魔術師』の違いをご存じですか」
…………?
「魔法使い」と「魔術師」って……同じものじゃないの?
「まずご承知いただきたいのは、ここにいる我々は『魔術師』であり、妃殿下は『魔法使い』でいらっしゃるということです」
まるで謎かけのような言葉に、私はほとほと困ってしまった。
そんな私の困惑を感じ取ったのか、魔術師さんは懇切丁寧に教えてくれる。
「まず『魔法使い』とは、人智を越えた不可思議な力を使う人々のことを指します。自在に天候を変え、人の心を操り、星を降らせ……ある意味恐るべき存在です」
うーん、確かに言われてみるとけっこう恐ろしい存在だ。
まぁ、私にはそんな大それたことはできないんですけどね……。
「それに対して、『魔術師』とは『魔法使い』の御業の一部を再現し、行使する者を指します。ただしその力は、魔法使いに比べるとごくわずかなものです。研鑽を積めば誰でも魔術師にはなれますが、魔法使いはそうじゃない。ほんの一握りの、選ばれた存在なのです」
魔術師さんの瞳がきらりと光り、その視線が私に注がれている。
うぅ、ちょっと居心地が悪いかも……。
「我々が妃殿下に『魔術』を講義して差し上げることは可能です。ですが、妃殿下の求めるものはそうではないのでしょう?」
「…………はい」
私は、私自身の持つ不思議な魔法の制御について学びたかった。
でも今の話を聞く限り、それは難しそうだ。
「無理を言って申し訳ございませんでした。貴重なお時間を頂き、感謝したします」
立ち上がりお辞儀をすると、魔術師さんは恭しく跪いた。
「こちらこそ、本物の魔法使いであらせられる妃殿下とお会いできて光栄です。またいつでもいらしてください。できればじっくりと妃殿下を調べ尽くし――いえ、お話をお伺いしたいものです」
「は、はい……」
「できればそちらの妖精もご一緒に……なんなら彼だけでもお預かりできないでしょうか? あぁ、本物の妖精……実に興味深い」
「ヒェッ! アデリーナさま、この人目が怖い……!」
魔術師さんはどこかギラギラした瞳で、私とロビンを熱っぽく見つめている。
まずいっ……完全に私たち、「研究対象」だと思われてる~!?
「妃殿下、次の予定の時刻が迫っておりますので」
「そうねダンフォース卿、急がなければ。それでは失礼いたしました!」
ダンフォース卿、ナイスアシスト!
さも「名残惜しいけど時間だわ」みたいな空気を醸し出しながら、私たちは逃げるように魔術師の塔を後にした。
ふぅ、思ったよりはいい人だったけど……研究のことになると目の色が変わるのは恐ろしい。
ロビンがこの辺りをうろうろしていたら、うっかり研究対象として捕獲されてしまいそうだ。
一人で塔に近づかないように言っておかなきゃ……。