ペコリーナの家出騒動
チチチ……と爽やかな良い鳥の声が聞こえ、ペコリーナは目を覚ました。
ペコリーナの周りでは、何頭もの羊がくぅくぅと気持ちよさそうに眠っている。
それもそのはずだ。ペコリーナの主――アデリーナが立ててくれた小屋は立派で、雨や風からもしっかり守ってくれるのだから。
小屋の外からは朝の陽ざしが差し込んでいる。
今日も新しい一日が始まったのだ。
「……フェ~」
……早くアデリーナに会いたい。
そんな思いを込めて、ペコリーナは周りの羊を起こさないように小さく鳴いた。
◇◇◇
ペコリーナは羊と間違われ、この場所へとやって来た。
最初は不安で仕方がなかったが、そんなペコリーナに優しくしてくれたのがアデリーナだ。
――「もう大丈夫よ。よく頑張ったわね」
その言葉と共に優しく撫でられた時、ペコリーナがどれだけ安心したことか。
それ以来、ペコリーナはずっとアデリーナと一緒に頑張って来た。
一緒に羊たちの面倒を見て、アデリーナを背に乗せお散歩し、絆を深めてきたのだ。
アデリーナはどの動物にも優しいが、ペコリーナは自分が一番アデリーナに可愛がられていると密かに自負していた。
だってアデリーナは牧場に来れば真っ先にペコリーナに会いに来るし、背に乗せるのもペコリーナだけの特権だ。
だが、そんな日々が突如崩れたのである。
きっかけは、牧場の羊に赤ちゃんが生まれたことだった。
「頑張って、あと少しよ!」
「フェッ……!」
「メェ……!」
「生まれました、お妃様!」
アデリーナやペコリーナの見守る前で、元気な羊の赤ちゃんが誕生した。
そのこと自体はペコリーナも喜ばしく思っているし、自分がこの赤ちゃん羊を守り、導いてやらなければ……と意気込んだものだ。
だが、赤ちゃん羊は可愛すぎたのである。
よちよちと歩き、メェメぇと高い声で人懐っこく寄ってくる赤ちゃん羊には、あっという間に皆が夢中になった。
もちろん、アデリーナもである。
「可愛い……! なんて可愛いのかしら……!」
アデリーナを始めとして、いつも世話をしてくれる侍女たちはきゃいきゃいと赤ちゃん羊を囲んでいる。
その光景を、ペコリーナは牧場の隅でぽつんと眺めていた。
「……フェ~」
いつもは呼べばすぐに「どうしたの?」と来てくれるアデリーナは、ペコリーナの呼びかけに気づいてもいないようだ。
それが、とてつもなく悲しくて……ペコリーナはとぼとぼと歩き出した。
時折ちらり、と背後を振り返ってみたが、アデリーナはペコリーナが離れていくのにまったく気づいていなかった。
もしかすると……もう、アデリーナにとってペコリーナは「いらない子」になってしまったのかもしれない。
これからはあの赤ちゃん羊が、アデリーナを支え、背に乗せたりするのかもしれない……!
「……フーン」
そんな未来を想像し、ペコリーナは涙ぐみながら足を進めた。
今までペコリーナはアデリーナの住む離宮の傍からは決して離れないようにしていたし、うっかり離れようとする羊がいれば追いかけて連れ戻していた。
だが、今日ばかりはその境界も越えて、トコトコとひたすらに足を動かす。
そうしていないと、悲しみで心がはちきれそうになってしまうから。
そんな風にひたすら足を進めて、ペコリーナがはっと気が付いた時には、周りには知らない景色が広がっていたのだ。
「…………フェ~」
きょろきょろと辺りを見回してみたけれど、見覚えのある離宮の建物の姿はどこにも見えない。
ただ、代り映えのしない野原と木立が広がっているだけ。
焦ってぐるぐると回っているうちに、自分がどちらの方向から来たのかもわからなくなってしまった。
更に悪いことに、ぽつぽつと雨まで降って来た。
ペコリーナは慌てて、近くの木陰に避難する。
すぐにざあざあと強く雨が降って来て、ペコリーナは木陰で身を縮こませることしかできなかった。
ペコリーナのふわふわの毛はペコリーナの体を雨から守ってくれるけど、襲い来る心細さだけはどうにもならなかった。
「……フーン」
呼びかけてはみたけれど、ペコリーナの鳴き声はすぐに雨音に掻き消されてしまう。
ざあざあと激しく雨は降り続き、あたりもだんだん暗闇に包まれてくる。
「フェ~、フェ~!」
それでも、ペコリーナは必死に鳴き続けた。
誰かに――大好きな、アデリーナに届くように。
やがて、奇跡は起こった。
「ペコリーナ、どこ!? どこにいるの!?」
雨音の向こうからかすかに、大好きな声が聞こえてきたのだ。
「アデリーナ、これ以上は危険だ! また明日にでも捜索を――」
「駄目です、王子! こんな雨の中でペコリーナは一人ぼっちで泣いているかもしれないのに!」
それは、確かにアデリーナの声だった。
必死にペコリーナを探すその声を聴いて、ペコリーナはたまらず木陰から飛び出していた。
「フーン!」
「ペコリーナ……!? 近くにいるのね!?」
遠くにちらちらと明かりが見えて、ペコリーナは真っすぐにそこを目指して走り出した。
近付くにつれ、はっきりと姿が見えてくる。
アデリーナも駆け寄ってくるペコリーナに気が付いたのか、周囲の制止を振り切ってこちらへ走り寄って来た。
「ペコリーナ!」
「フェ~!」
アデリーナは暖かな腕で、綺麗な服がびしょびしょに濡れるのも構わずにペコリーナを抱きしめてくれた。
ペコリーナも再会の喜びを嚙みしめるように、すりすりと鼻先をこすりつける。
「あぁ、ペコリーナ……よかった……!」
あたたかな腕と、胸がいっぱいになるような言葉に、ペコリーナは十分すぎるほど思い知った。
アデリーナは、今でもちゃんとペコリーナのことを大切にしてくれているのだ。
「フェー……」
「ペコリーナ……迷子になっちゃったのね。これからは一人で遠くに行っては駄目よ……」
「フーン……」
優しく撫でられて、ペコリーナはもう二度と家出はやめようと誓ったのだった。
◇◇◇
「メェー」
「フェ~」
「メェ~?」
「フ~ン?」
「ふふ、仲良しさんね」
元気よく歩く赤ちゃん羊を先導するペコリーナを見守りながら、アデリーナが微笑んでいる。
赤ちゃん羊もずいぶんとペコリーナに懐いたようで、ぴょんぴょん飛び跳ねながら後をついてくるのだ。
うっかり家出して迷子になったペコリーナだが、心配性のアデリーナが獣医を呼んだところ「特に異常なし」とのお墨付きをもらった。
今はこうして、前と同じく羊たちの面倒を見ているのだ。
「メェェェェ」
「メー!」
母羊の呼びかけを聞いて、赤ちゃん羊は嬉しそうに駆け寄っていく。
その姿を微笑ましく見送り、近づいてきたアデリーナはそっとペコリーナのもこもこの毛を撫でてくれた。
「それじゃあ、私たちもお散歩に行きましょうか。ペコリーナ?」
「フェ~!」
今でも、アデリーナがこうして背に乗るのはペコリーナだけ。
そのことに誇らしさを感じながら、ペコリーナは今日も大好きな主との時間を満喫するのだった。
書籍版(一応)本日発売です!
紙書籍の方は場所によって入荷にばらつきがあるようですが、電子は無事に配信スタートしました!
パワーアップした本編、書き下ろしの番外編、そして何より美麗イラストがたくさん見られるので、ぜひチェックしてみてください!
よくよく見ていただくとアデリーナや王子の衣装が何種類もあるんです。
どれも可愛いので必見です!
こちらのWEB連載の方も、近々新章を開始予定です。
これからも「シンデレラの姉」の世界をお楽しみください!