離宮の侍女、今日もお妃様にお仕えします(6)
アデリーナ様と親しげにお話をされる姫君の姿に、私は夢でも見ているのではないかと疑いたくなりました。
だって……私があの日憧れた姫君と、今お仕えしているアデリーナ様が、まさか別人だったなんて……。
その時、私の胸には確かに「裏切られた」という思いがよぎりました。
あの日王子が踊った相手は……私がずっとあこがれ続けていた人は偽者だった。
「どうして?」「なぜ?」そんな思いが頭の中をぐるぐると回り続け、ただ成り行きを見守ることしかできませんでした。
だがそんな私も、王子殿下のお言葉にはっと我に返ったものです。
「皆を不安にさせてしまったことは謝罪しよう。だが、皆にはあの日の幻ではなく、今の姿を見て欲しい。彼女に、俺の妃として至らない部分があったと思う者は?」
……その通りです。
アデリーナ様があの日の姫君でなかったからといって、彼女の何もかもを否定するのは間違っています。
私はしっかりと、見ていたはずなのに。
お妃様が王宮に来られてからずっと、彼女の頑張りを近くで見ていたじゃないの……!
どうやらそう思ったのは私だけではなかったようです。
集まった者たちは皆、口々にお妃様の美点を挙げていきました。
そう……たとえ始まりがどうであったとしても、アデリーナ様がお妃様として積み重ねた日々と実績は確かなもの。
王子殿下の表情を見れば、今は誰を愛していらっしゃるかなんて一目瞭然です。
もちろん私も、心よりアデリーナ様を尊敬し、お慕い申し上げております。
たとえ彼女が、あの舞踏会の日に見た姫君でなかったとしても……その思いは、変わることはないのですから。
◇◇◇
「……今まで黙っていてごめんなさい。私は、あの舞踏会の日に王子が踊った相手とは別人なの。……もう私のもとで働きたくないということであれば、甘んじて受け入れるわ。すぐに紹介状を書くから、遠慮なく言ってちょうだい」
あの騒動の後、アデリーナ様はそう言って私たち侍女一同に頭を下げられました。
しかし、私たちの誰もその提案に乗ることはありませんでした。
だって、みな心よりアデリーナ様をお慕いしているのですから。
「いいえ、お妃様。どうかこれからもお仕えさせてください」
勇気を出してそう口に出すと、周りからも賛同の声が上がりました。
お妃様はその様子に驚いたように目を丸くして……小さな声で、呟かれました。
「……みんな、ありがとう」
こうして、王子様に見初められた運命の姫君――の身代わりになったお妃様にお仕えする私の日常は、これからものんびり続いていくことになりました。
身支度やお化粧やヘアセットのお手伝い、ドレスや宝飾品の選定や管理、それに……畑や牧場に繰り出す妃殿下に随伴し、農作業や動物たちの世話をし、妃殿下と共に収穫した作物を料理し、味わうこと。
最近、ようやくアデリーナ様の侍女としても様になって来たのではないかと自負しております。
実家の両親からの手紙で近況を尋ねられたので、そう返したところ……今度は「せっかく宮仕えをしているのだから良い出会いはないのか」とせっつかれてしまい……ままならないものです。
王子様やアデリーナ様が物語の主役だとすれば、私なんて脇役中の脇役。
物語のようなロマンスなんて、そうそうあるものではないというのに。
「見て、クロエ! このオレンジパウンドケーキ、うまくできたと思わない?」
今日はお菓子作りを行い、皆で焼いたパウンドケーキはいつにもまして良い出来でした。
ふわりと漂う柑橘類のさわやかな香りに、なんとも食欲を刺激されます。
「たくさん出来たし……そうだわ。外で働く人たちにも持って行ってもらえるかしら?」
「それは良い考えですね。今すぐ配って参ります!」
バスケットにパウンドケーキを詰めて、冷めないうちに出発です!
畑や牧場で一緒に作業をしてくださる人たち、いつも庭園を美しく保ってくださる庭師の方たち、離宮の周辺を警備してくださる騎士の方たち……私たちの生活は、多くの方に支えられているということを忘れてはなりませんね。
一人一人に日々の感謝を込めて、お手製にパウンドケーキを手渡していきます。
牧場付近を警備されていた騎士の方にケーキを手渡し、さて次は……と足を進めようとしたところ、不意に私は背後から呼び止められました。
「あのっ……クロエ嬢、でいらっしゃいますよね?」
その声におそるおそる振り返ると、年若い騎士の方が何やら真剣な顔でこちらを見つめておりました。
何か粗相をしてしまったのでしょうか……と、内心私が慌てかけると――。
「いつも、妃殿下と共にいらっしゃる姿を遠くから拝見しておりました。よろしければ今度、一緒に食事など――」
………………えっ?
◇◇◇
「おっ、お妃様! 大変です!!」
「どうしたの!?」
慌てて離宮に飛び込んだ私を、お妃様は辛抱強く宥めてくださいました。
「ゆっくり深呼吸して……いったい何があったの?」
「それが、その……あの……」
なんとか、「騎士の一人にパウンドケーキを渡したところ食事に誘われた」ということを伝えると、お妃様とその場にいた数人の侍女たちがわっと色めき立ちました。
「やるじゃない、クロエ!」
「この付近に配属されてる騎士たちって、エリート揃いって話よ」
「いいなぁ~、私ももう一回ケーキ配ってこようかな~」
「まぁまぁ、皆落ち着いて」
餌を待つ小鳥のように騒ぎ始めた侍女たちを落ち着かせ、アデリーナ様はそっと私に向かって微笑まれました。
「それじゃあ皆でティータイムをしながら、クロエのための作戦会議を開きましょう?」
そう言って微笑むお妃様の、なんて頼もしいことでしょう!
やっぱり私、この御方にお仕え出来て幸せです!
これにて侍女編は完結となります。
そして、明日はいよいよ書籍版の発売日です!
ペコリーナ視点(?)の発売記念SSを投稿予定なので、是非また見に来てください!