離宮の侍女、今日もお妃様にお仕えします(3)
王子殿下とアデリーナ様は運命的に出会ったお二人です。
なのにどうして、王子殿下はいっこうにアデリーナ様に会いに来られないのでしょう?
まさか、もう愛情が冷めてしまったなんてことは……。
……いいえ、きっと王子殿下もご公務がお忙しいのでしょう。
アデリーナ様は特に気にしていらっしゃらないようですし、問題はないはず。
こちらに来られる際は連絡があるはずなので、それまでアデリーナ様にはのびのびとスローライフを楽しんでいただこうと思っていたのですが……。
「失礼する。妃はどこに?」
まさか……何の前触れもなく王子殿下がいらっしゃるなんて!
突然現れた王子殿下に、私たち王太子妃付きの侍女は皆焦りました。
妃殿下はただいまアルパカちゃんと共に日課のお散歩に出られております。
……身軽なエプロンドレスを身に纏う、非常に身軽な格好で。
お化粧やヘアセットも妃殿下の作業の邪魔にならない最低限に抑えております。
つまり……とても、王子殿下をお出迎えできる状況ではないのです!
「いえ、その……妃殿下はただいま庭園の散策に出られております。使いの者をやりますので、王子殿下はこちらでお待ちください」
侍女長に目配せされ、私は慌ててその場を後にしました。
今の状態のお妃様を王子殿下に会わせるわけにはいきません。
なんとか、時間を稼いでアデリーナ様をお妃様としてふさわしい恰好に仕立て上げなくては!
離宮の外に出て、いつもの散歩コースを逆走すると……すぐに、アルパカに騎乗したお妃様の姿が目に入ります。
よかった……とにかく、王子殿下に気づかれる前に離宮に収容しなくては!
「妃殿下、大変です!」
慌てて駆け寄ると、妃殿下は不思議そうにアルパカちゃんをストップさせました。
あぁ、今日もモフモフ具合が至高です♡……じゃなくて!
「妃殿下、大変です!」
「どうしたの?」
「それが、王子殿下がこちらにいらっしゃいまして……」
「えっ!?」
事態をお伝えした途端、妃殿下は驚愕の表情を浮かべました。
やはり、妃殿下自身も王子殿下がこちらにいらっしゃるとはご存じなかったようです。
あたふたと周囲を、そして自身の格好を確認されて、非常に慌てていらっしゃる様子です。
「急いでお出迎えの準備を――」
「その必要はない」
その時背後から聞こえてきた声に、私は心臓が止まりそうになりました。
ぎこちなく振り返ると、ゆっくりとこちらに歩いてこられるのは……アレクシス王子殿下です。
私は凍り付いたまま、ただその場から下がって王子殿下に道を空けることしかできませんでした。
「……随分と、愉快なことをしているな」
王子殿下は真っすぐにお妃様のもとへ向かうと、しげしげとお妃様を、そして「フェ~?」と鳴き声を発するアルパカちゃんを眺めておられます。
その表情は、どこか困惑しているようにも見えました。
王子殿下が「何だこの状況は!」と怒り出さなかったことに少しだけ安堵したものです。
……ほんの、少しだけ。
「お見苦しい姿を、大変失礼いたしました」
「いや、構わない。この生き物は馬か? 羊か?」
「アルパカといいます。毛並みがすごくモコモコで……王子殿下もモフられますか?」
「……お言葉に甘えるとしよう」
王子殿下は妃殿下の格好に驚かれたのか、少々のぎこちなさはあるものの……勧められるままにアルパカをモフられました。
その姿に、私はやっと気づいたのです。
そう、王子にとってアデリーナ様は運命的に出会って結ばれた相手。
アデリーナ様が普段どんな格好をしていようが、些末事に過ぎないのでしょう。
むしろ、そんな抜けたところすらも愛おしく感じられるのかもしれません。
あぁ、なんて素敵なのでしょうか……。
仲睦まじくアルパカをモフられるお二人を、私はうっとりと眺めておりました。
……その場に流れる、微妙な空気には気づかずに。