離宮の侍女、今日もお妃様にお仕えします(2)
慌ただしく結婚式が執り行われ、いよいよ翌日から私の侍女としての仕事も本格的に始まりました。
王子殿下がお妃様のために用意された離宮にて、お妃様をお出迎えです。
「えっと……よろしくお願いいたします」
緊張気味に挨拶されるお妃様は……やはり、あの舞踏会の時に目にした姫君とは、どこか違うような気もします。
……いえ、きっと私の気のせいでしょう。
女性というのは衣装やお化粧でまるで別人のように変身する生き物です。
あの日は王子のお妃様選びの舞踏会という場所で、きらめくようなシャンデリアの下で私はお妃様を拝見したのです。
きっと何重にもフィルターがかかって見えたことでしょう。
そう自分を納得させ、私はあらためて気を引き締めました。
順番に挨拶をする私たちを見て、お妃様――アデリーナ様は穏やかに微笑まれています。
何はともあれ、侍女としての仕事を全うしなければ。
私は緊張しながら、お妃様へと声を掛けました。
「お妃様、本日はいかがいたしましょうか」
今のところ、お妃様には特にこれといってこなさなければならない予定はありません。
私たちに言いつけられているのは、「とにかくお妃様の好きなように過ごしていただき、何をされたのか細やかに報告すること」だけです。
つまり、空いた時間をどう過ごすのかはお妃様に委ねられているのですが……。
「……そうね、じゃあこの離宮の周辺の案内を頼めるかしら」
少し思案した後に、お妃様はそう答えられました。
ご希望通りに、私たちは離宮の内部や綺麗に整備された庭園、そしてお妃様のご希望があったので周辺の土地を案内いたしました。
この離宮の周辺には、草地や小さな森や池や川――手つかずの自然が残されています。
離宮の内部を周っていた時は、心なしかぎこちない様子だったお妃様も、自然豊かな風景を見て、目を輝かせていらっしゃいます。
どうやらお妃様は、この自然豊かな土地をたいそう気に入られたようでした。
……なんと、離宮の傍に畑や牧場を作り、日々農作業に勤しむほどに。
「ねぇ、お妃様って……」
「随分と風変わりな御方なのですね……」
私たちはお妃様のバイタリティ溢れる行動に、まず驚きました。
ですが、私はますます彼女に強いあこがれを抱くようになっていました。
通常、太陽の下で農作業など貴族の女性に推奨されるはずがありません。
私も実家にいた時は、少し長い時間外を歩くだけで随分とお小言を言われたものです。
ですがお妃様は……まったくそんな型には囚われない御方でした。
生き生きと土を耕し、種を蒔き、羊やアルパカとたわむれる。
そのお姿は、どんなに華美な宝石で着飾った姫君にも負けないほど魅力的です。
最初は面食らった私たちですが、すぐにお妃様が大好きになりました。
「いいですか、アデリーナ様はあのように自由な御方です。だからこそ、我々がしっかりお支えする必要があります。くれぐれも、体調面や美容面の細やかな管理を怠らないように!」
「はい!」
侍女長にも念を押され、私は深く頷きました。
お妃様の行動を制限するのは、私たちの望むところではありません。
「妃殿下、お外に出られるのでしたら少々お待ちください。北の国より取り寄せた美容液をお顔に塗ってからにしましょう」
「あら、大丈夫よ。私が多少日焼けしたって、誰も気にしな――」
「妃殿下! 妃殿下のお顔にシミの一つでもできれば、王子殿下がどれだけ嘆かれることか! なんていっても妃殿下は王子殿下の運命の姫君なのですから!」
「…………そうね、お願いするわ」
何故か苦虫を噛みつぶしたようなお妃様を不思議に思いつつも、日焼け防止に効くという新たな美容液を使用する許可を頂けました。
お妃様は王子殿下が運命的に見初められた姫君なのです。
愛らしいお顔にシミでもできれば、きっと王子殿下は嘆き悲しむに違いありません。
……と、私は当然の事実を述べたのですが、何故かお妃様は気まずそうに口をつぐまれました。
照れていらっしゃるだけだとよいのですが……。
私の胸にわずかな違和感が芽生えたような気がしました。
だが続くお妃様の言葉に、私の心は一気にもふもふワールドへと連れ去られてしまいます。
「ありがとう、クロエ。これからアルパカちゃんとお散歩に出かけるの。よかったらあなたもどう?」
「……はい、お供いたします」
冷静にそう答えたつもりですが、口元が緩んでいたのは隠せなかったのでしょう。
お妃様はそんな私を見て、くすりと微笑まれました。
「今日はブラッシングもしてあげようと思うの。あなたも手伝ってくれる?」
「は、はい……」
なんとも魅力的なお誘いに、私の胸もドキドキと高鳴ります。
お妃様が注文された羊の中に混じっていた不思議な動物――アルパカは、今やこの離宮に勤める者たちのアイドル的存在です。
つぶらな瞳に、極上のもふもふ、気の抜けたような愛らしい声……。
「アルパカのブラッシングをするお妃様にお供する権利」を巡っては、我々侍女の中で小さな争いが巻き起こるほどです。
今日はブラッシングの予定日ではなかったはずですが、まさかこうしてお供できるなんて……。
私はふわふわした気分で、牧場へ向かうお妃様にお供をしました。
「こんにちは、アルパカちゃん。今日はクロエと一緒にブラッシングをしてあげるわ」
「フーン」
お妃様の姿を見つけて、アルパカはトコトコとこちらへ近づいてきました。
お妃様が首元のもふもふを撫でると、「フェ~」と嬉しそうな鳴き声を発します。
あぁ、なんて愛らしいのでしょうか……。
このように、少し風変わりなお妃様の侍女として、私は充実した日々を送っております。
就寝前に鏡を覗くと、記憶よりもずっと明るい表情をしている自分の姿が映っていました。
お妃様の影響を受けて、じめじめとした私の性格も少しは明るくなっていればよいのですが……。
それにしてもお妃様は本当に素晴らしい方で、王子殿下が見初められるのも納得な――。
「…………あ」
その時私は、昼間に芽生えた違和感の正体にやっと気が付きました。
あの舞踏会のよるアレクシス王子はアデリーナ様を見初められ、二人は結婚されました。
ですが結婚式の日以来、お妃様のもとに……いっこうに王子殿下はお見えにならないのです。




