23 お妃様、懐かしき離宮へ帰ってくる
「ほら、見えてきたわ! あれが私たちの暮らすお城よ」
「どれどれ~? わー、おっきいですねー!」
妖精の郷を出てまた野を越え川を越え……やっと私たちはお城の近くまで戻ってくることが出来ました。
ロビンと一緒に馬車の窓から見慣れた景色を眺めていると、不思議と安心感がこみ上げる。
うーん、やっぱり「帰ってきた」って感じ。
初めて拉致同然にお城に連れてこられた時は、こんなに長く暮らすことになるとは思わなかったなぁ。
でも、今はここが私の帰る家。大好きな人たちが待つ、私の居場所なんだ。
「うーん、大丈夫かなぁ……」
不意にロビンがそう呟いて、私の肩にちょこんと腰掛けた。
そっと手を差し出すと、私の指先にぐりぐりと顔を押し付けてくる。
あらら、何やらお悩みかしら?
「どうしたの、ロビン?」
「だってアデリーナさまぁ、人間のお城に居るのはみんな人間なんでしょ? 僕なんてこんなに体が小さいし、馬鹿にされたり踏みつぶされたりしないかって心配で……」
なるほど、これは妖精特有の悩み……なのかな?
聞けばロビンは、妖精の郷を離れるのはこれが初めてなんだとか。
それは不安になっちゃうよね。
なんて慰めようか……と思案していると、黙って私たちのやり取りを聞いていた王子が口を開いた。
「心配するな。君は俺の食客として城に滞在することになる。君を侮る者は、すなわち俺を侮るのと同義だ。必ずや、ふさわしい処罰を与えよう」
わぁ、頼もしいようなちょっと怖いような……。
でもきっと、王子なりにロビンを慰めようとしてくださったのですよね。
「王子もこうおっしゃってるし、きっと大丈夫よ」
「うぅ……今日はアデリーナさまと一緒に寝てもいいですかぁ?」
「もちろんい――」
「駄目だ」
王子! さっきはあんなに優しかったのに!!
私の膝の上でゴロゴロしていたロビンを摘まみ上げて、王子はこんこんと言い聞かせている。
「いいか、ロビン。アデリーナは俺の妃なのだ。例え全長がリンゴ2個分の妖精といえども、他の男が俺の妃と同衾するのを見過ごすわけにはいかないな」
「もう、そのくらいはいいじゃないですか」
「いや、駄目だな」
王子の心の狭さにあきれると同時に、彼の嫉妬を心地よく思ってしまった。
はぁ、私も毒されてきてるかな……。
「アレクシス王子のケチ~!」
今度はペコリーナの背中でモコモコに絡まりながら、駄々っ子のようにゴロゴロ転がり始めたロビンを眺めて、私たちはくすくすと笑った。
◇◇◇
さてさて懐かしいお城に帰り着き、私の日常は戻ってきました。
離宮でのんびり野菜を作ったり、作った野菜を調理したり、アルパカや羊たちのお世話をしたり、釣りに興じたり……。
たまにお茶会や公務に出席して、冷や汗をかいたりね。
そんな日々の中、初めて人間の国へやって来たロビンがどうなったかというと……。
「ねぇロビン君、今日は私と一緒に寝ない?」
「え~、私の部屋なら美味しいお菓子も用意してあるんだけどな~」
「もーお姉さんたち、そんなに慌てなくても僕は逃げないよ?」
……ものすごく、調子に乗っていた。
離宮の侍女たちは突然現れた小さな妖精さんに夢中になり、ロビンはおそらく人生……ではなく妖精生初めてのモテ期が来たとおおはしゃぎ。
いつの間にかあざとい仕草を身に着け、今も首をこてんと傾げて侍女たちから黄色い悲鳴を浴びていた。
まぁ、ホームシックになられるよりはいいんだけど、一応妖精王は修行だって言ってたしね?
私くらいは、厳しく接してやらねば!
「ロビン、お使いを頼むわ」
ずい、と招待状を突きつけると、ロビンはやれやれと肩をすくめた。
「はいはーい。もぉ、アデリーナさまの頼みなら断れないなぁ」
「ありがとう、この招待状を王子の元に届けてくれる? 午後のお茶会の招待状よ」
アレクシス王子にコンラートさんにゴードン卿。
普段お世話になっている人たちを招いて、今日はプチお茶会を開くのです。
「えっ、お茶会? 僕も参加していいですか?」
「もちろん。ロビンの好物のチーズケーキも用意したから、ちゃんと招待状を届けるのよ」
「やったー! 行ってきまーす!!」
パタパタと羽をはためかせて、ロビンは飛んでいく。
さて、私も準備にかからないと!
「ダンフォース卿、皆さまにお出しするタルトレットは――」
「こちらに用意してあります」
「わぁ……!」
ダンフォース卿が指し示した先には、まるで宝石のように精巧な、フルーツが彩られたタルトレットがたくさん鎮座していた。
なんとこれは、ダンフォース卿のお手製なのです!
護衛からお菓子づくりまでこなすなんて、さすがは近衛騎士。
「お茶は……ティターニア妃が持たせてくれたハーブティーにしようかしら」
「妖精の女王のハーブティー……実際に味わえるのが楽しみです。すぐに合う茶器を用意いたしましょう」
「ふふ、助かるわ、ダンフォース卿」
きちんと準備が出来たら……いよいよお茶会の始まりだ。
「アデリーナさま! 王子たちがいらっしゃいましたよ!!」
ロビンが知らせてくれたので慌ててエントランスから出ると、ちょうど王子の乗る馬車が到着したところだった。
「ようこそいらっしゃいました、王子殿下」
「楽しみにしていたぞ、我が妃よ」
わざと仰々しい挨拶をして、目と目を合わせてくすりと微笑む。
そっと手を取り合って、ガーデンパーティーの会場へとご案内。
「あっ、これ美味そう!」
「馬鹿、だからってつまみ食いはやめろ! まったく品性の欠片もない……」
「ちなみにそれを作ったのは私ですよ」
「げっ、お前かよ! アデリーナ妃のお手製だと思ったのに……」
得意げにお手製のお菓子を披露するダンフォース卿に、つまみ食いをするゴードン卿に彼を叱るコンラートさん。
この人たちはいつも賑やかだなぁ……。
「フェ~♡」
「おいで、ペコリーナ。取れたてのレタスをあげるわ」
会場の片隅でうとうととお昼寝をしていたペコリーナも、この騒ぎで起きてしまったようだ。
むしゃむしゃとレタスを食むペコリーナを撫でていると、王子が不満そうに私の顔を覗き込んできた。
「アデリーナ、俺には何もないのか?」
……はいはい、わかってますよ!
できるだけ注目を集めないように迅速に、私は手元のお菓子を手に取って王子の口元へと運んで差し上げた。
途端にころっと機嫌を直す王子に、なんだかむずがゆくなってしまう。
「こんなのマナー違反ですよぉ……」
「気にするな、今日は無礼講だ」
「もう、いつもそうやって変な理由をつけて……」
「拗ねているのか? 今度は俺が食べさせてやろう」
そう言って王子が、今度は私の口元へと「あーん」とお菓子を運ぶ。
あぁ、見守る皆様の生暖かい視線がいたたまれない!
ペコリーナまで「フ~ン♡」ってちょっと嬉しそうに鳴いてるし。
素直に口を開けちゃう私も私ですけどね……。
「……なんだか不思議ですね」
「何がだ?」
「ただの平凡な人間でしかなかった私が、今はこうやってお妃様をやっているなんて」
ここに来てから多くの王族の方に相まみえる機会があったけど、とても今の私が皆さまみたいな王族オーラを纏っているとは思えない。
やっぱり私、場違いではないでしょうか……。
「……アデリーナ。誰が何と言おうと、君は俺の妃だ。今更離婚しろと言われても俺は全力で阻止するからな」
「ふふ、わかりました」
場違いなのは百も承知。でも、私の最愛の王子様が望んでくださる限りは、私はあなたの隣に居続けましょう。
まぁ……悪いことばかりではありませんしね!
拝啓、親愛なる妹――エラちゃん。
とんでもないいきさつから始まったお妃様生活だけど、今日も私は元気です。
これにて新婚旅行編の完結です。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
今後はまた不定期に番外編などを投稿していきたいと思っております。
(まだまだ書きたいネタはたくさんあるので…!)
またお暇なときにでも覗いていただけると嬉しいです!