22 お妃様、妖精王に異議を申し立てる
無事に(?)二度目の結婚式を終えた私たちは、当初の目的通り新婚旅行を満喫していた。
王子と案内役のロビンと一緒に、ペコリーナに乗って妖精の里を駆けまわっているのです。
何と今日は、山でキノコ狩りです!
「ここには珍しいキノコがいっぱい生えてるんですよ~」
「王子! キノコですキノコ!! キノコ!!! 採りましょう!」
「あ、あぁ……。そういえば、前に君が作ったキノコ料理は美味かったな」
「じゃあまた作りますね!!」
「フーン♪」
まさか王子と一緒にキノコ狩りをする日が来るなんて!
普段は涼しい顔で政務に取り組んでらっしゃる王子が、真剣な表情でキノコを探すなんて……なんというレアな光景!
「来てよかったぁ……」
「嬉しそうだな、アデリーナ」
ニヤニヤしていたら当の王子に声を掛けられ、私は慌てて表情を引き締めた。
「王子、キノコは見つかりましたか」
「あぁ、でも今はキノコよりも君を見ていたい気分なんだ」
「…………ん?」
「戸惑った顔も愛らしいな、アデリーナ。今すぐ食べてしまいたいくらいだ」
「え、ちょっ……!」
強く抱き寄せられたかと思うと、王子は私の頬に口づけをした。
……なんて生ぬるいものじゃない。
口づけって言うより……私の頬が吸われてる!?
「おおお王子!? お気を確かに!!」
「柔らかいな、アデリーナ。このまま食べてしまいたいくらいだ」
「今その発言はシャレになりませんから!!」
「フェっ!?」
ひいぃぃ、私のほっぺたが食べられちゃう!
ペコリーナも王子の服の裾を食んで引きはがそうとしてくれているけど、王子は頑なに私の頬に吸い付いたままだった。
必死に王子を引きはがそうともがいていると、慌てたようにパタパタ飛び回っていたロビンが王子の手元を指さし叫ぶ。
「あーっ! そのショッキングピンクの毒々しいキノコはヤバい奴です! いろいろな欲望が増幅されるっていう……」
ぎゃー! そんな危険なキノコが!?
私は慌てて王子の手元から毒々しいキノコを奪い取り、遠くに投げつけた。
しかし王子は私の頬に吸い付くのをやめない。どうやらまだキノコの効果が切れていないようだ。
はっ、そういえば……!
「王子! お願いだから私を食べる前にこれ飲んでください!」
懐から小瓶を取り出し、えいやっと王子に飲ませる。
ごくりと喉が動いた途端、彼ははっとしたように正気に返った。
「はっ、俺は何を……?」
あ、危なかったぁ……。
前にディミトリアス王子に飲ませようと作った解毒剤、何とか効いてくれてよかった。
念のため後一本くらいは作っておこうかな?
……なんてトラブルもあったけど、過ぎてしまえばいい思い出だ。
その夜に食べたキノコのアヒージョはすっごく美味しかったしね。
他にものんびり釣りをしたり、山を散策したり、王子は馬、私はペコリーナに乗って草原を駆け抜けたり……。
そんな感じで、あっという間に私たちの滞在期間は過ぎてしまったのです。
◇◇◇
「本当に、お世話になりました。オベロン王、ティターニア妃」
妖精の郷での滞在最終日。
今日は珍しく……本当に珍しく、妖精王と妃は二人そろって玉座に腰を下ろしていた。
玉座の間を掃除していた妖精に聞いたら、こんな風に揃うのは滅多にないんだとか。
やっぱりフリーダムな方たちですね……。
「あらあら、もう帰ってしまうの?」
「あと40年くらいはここにいたらどうだ?」
長い! 妖精は寿命が長いので、時間の感覚が人間よりも曖昧だって聞いたけど、それにしても長い。
私たちおじいさんとおばあさんになってしまいますよ!
「残念ですが、俺とアデリーナは祖国でやらねばならないことがありますので。予定通りに帰国させていただきます」
「まあまあ、じゃあお土産を用意しなければね」
「何がいいかしら~」と歌いながら、ティターニア様は踊るように玉座の間を出て行ってしまう。
大人しく玉座に座っていた時間は、実に三分ほどだった。
そんな妃を微笑ましげに眺めていたオベロン王は、次に私たちに視線を向け悠然と微笑む。
「そうか。そなたらが帰るのは惜しいが、またいつでもここに来ればよい。次は赤子の顔でも見せてくれるのを期待しているぞ」
にこやかにそう口にしたオベロン王が、突然険しい表情に変わる。
その鋭い視線が向いているのは、私でも王子でもなく……パタパタと私の横を飛んでいる、ロビンだった。
「ロビンよ、お前に言いたいことがある」
「え~、何ですか? ディミトリアス王子とヘレナ様の恋を成就させたご褒美ですか?」
わぁ、空気を読まなさがすごい……。
オベロン王のピリピリとした視線に動じることもなく、ロビンは嬉しそうに彼の前まで飛んでいった。
そんなロビンをじろりと一瞥し、オベロン王は低い声で告げる。
「ロビンよ。お前は人の娘であるアデリーナをそそのかし、妖精の秘薬を作成しディミトリアスに飲ませた。そのせいであわや二国は戦火を交える寸前の危機となった。……わかっているか」
「え、でも……それはディミトリアス王子とヘレナ様をくっつけようと思っただけで――」
「当初の目的がどうであろうと、お前の行いは人間社会に多大な影響を及ぼしかねないものだった。その罪は、お前自身が背負わねばならない」
オベロン王の言葉に、ロビンはぶるぶると震えている。
可哀そうに思って口を出そうとすると、アレクシス王子に止められてしまった。
「アデリーナ。これは妖精王が臣下を裁いているのだ。俺たちに口出しする権利はない」
「でも、王子……」
ロビンは、本当にディミトリアス王子とヘレナ様の幸せを願っていたんです。
だからって何もかもが許されるわけじゃないけど……あまりにひどい罰は、心が痛んでしまう。
「人間の心は複雑なものだ。簡単に薬で操っていいものではない。わかるな?」
「…………はい」
しゅんとしたロビンの羽が、力なくパタパタとはためいている。
あぁ、傍に行って慰めてあげたい……!
「よって、ロビン。お前には……妖精郷からの追放を命じる」
「っ……! そんな、あんまりです!!」
アレクシス王子の制止を振り切って、私は思わず飛び出していた。
すると、オベロン王はそんな私を見て愉快そうに目を細めた。
「ほぉ、我が裁定に口出しをするのか」
「いえ、その……確かに最初に言い出したのはロビンですが、私も彼の計画に関わっていた共犯です。ロビンを罰するなら私も罰してください!」
「アデリーナ!」
アレクシス王子が私を庇うように前に出る。
彼は真っすぐにオベロン王を見据えて、挑むように告げる。
「オベロン王。アデリーナをここに連れてきたのは俺だ。彼女を罰するというのなら、その罪は俺も共に背負おう」
「……ほぉ、これは困った。これではロビンの罰を三等分せねばならんな」
どこか嬉しそうにニヤニヤと笑うオベロン王は、順番に私たちに視線を遣り……驚くほど優しく口を開いた。
「ロビンよ。基本的にお前に命じた罰は変わらない。お前には……人の心を学ぶために、ここを出て人の国での修行を命じよう」
「人の国での、修行……?」
そんな私の呟きに呼応するように、オベロン王はにこりと笑う。
「アレクシス、アデリーナ。そなたら二名には……ロビンの人間の国でも修行の補佐を命じる。代わりにそなたら二人と同行してならば、ロビンにも帰郷を許そう」
「え、それはつまり……」
ロビンは私と王子と一緒に私たちの国に行って、そこで一緒に暮らす。
私たちと一緒なら、妖精の里への帰郷も認められる……ってこと?
そう口に出した途端、ロビンが一目散に私の胸元へと飛び込んできた。
「うわあぁぁんアデリーナさまあぁぁ! 僕を見捨てないでくださぁい!!」
「大丈夫よ、ロビン! 一緒に王子のお城へ行きましょう!!」
わんわんと泣くロビンを慰めていると、オベロン王が私に向かってぱちんと片目を瞑って見せた。
……なんとなく、わかったかもしれない。
きっとオベロン王は罰とかじゃなく、ロビンに人の心の機微を学んで欲しいんだろう。
でも一人で人間の世界へ送り出すのは心配で、理由をつけて私たちの傍にいるようにした……ってところかな?
「やれやれ、またうるさいのが一人増えるのか」
「いいじゃないですか、王子。きっと楽しくなりますよ」
王子は苦笑しているけど、反対はしなかった。
うん、きっとお城に帰ってもロビンがいてくれれば楽しいはずだ。
お城に残っている皆にも紹介しないとね!