21 お妃様、愛を誓う
幻想的な光景の中、妖精たちが歌い踊る。
あぁ、小さな妖精がくるくる踊るのはなんて可愛らしいのでしょう……。
ペコリーナも私とお揃いの花冠を頭に乗せて、嬉しそうにフンフン鳴きながら歩き回っている。
絶えずに運ばれてくる料理は美味しいし、ハーブワインを飲んでいるうちにだんだんと緊張もほぐれてきた。
何よりも、王子が私の為にこの祝宴を用意してくれたということが、嬉しくてたまらないのです。
「素晴らしい場を用意していただき、ありがとうございます。アレクシス王子」
気分が良くなってそうお礼を言うと、王子は少し照れたように笑った。
「君が喜んでくれたようなら何よりだ。一度目の時は……散々だったからな……」
その時のことを思い出したのか、王子はどんよりと落ち込んでしまう。
慌てて慰めていると、向こうから見知った人影がやって来るのが目に入る。
「王子! ディミトリアス王子とヘレナ様がいらっしゃいましたよ!」
さすがに他国の王族とその婚約者の前で情けない姿は見せられませんよね。
私が声を掛けた途端、王子はシャキッと復活しました。
「おめでとう、アレクシス、アデリーナ妃。まさか君たちの結婚式にこんな形で参列できるとは思わなかったよ」
そういえば、ディミトリアス王子は私たちの一度目の即席結婚式には間に合わなかったんでしたっけ……。
ある意味、あの惨状を見られなくて幸運だったのかもしれない。
それにしても、ディミトリアス王子は私とロビンがあんなに迷惑をかけてしまったのに、まったく堪えた様子がない。
人が良すぎると言うかなんというか……。
あらためてその時のことを謝罪すると、彼は意外にもデレデレと締まりのない笑みを浮かべた。
「いえ、むしろ今回のことがなければ、私はいつまでもヘレナに対し一歩踏み出すことができないままでした。アデリーナ妃、私にとってあなたは愛のキューピットですよ。私とヘレナの結婚式には、是非とも招待させてください」
「殿下っ……少し、気が早すぎるのでは……」
「いや、私にとっては遅すぎるくらいだ。国に帰ったらすぐに準備を始めよう。我が女神……愛しのヘレナ、どうかこれからも私の隣にいて欲しい」
「っ……!」
ディミトリアス王子の情熱的な愛の言葉に、ヘレナ様は顔を真っ赤にしている。
あぁ、お熱いですね……。
今日の主役のはずの私たちまで、ディミトリアス王子の熱さにあてられてしまいそう。
「うふふ、今度はあの二人の為に祝宴を催さなければ。ああ忙しい」
「ティターニアよ。祝宴の準備に夢中になるのはいいが、あまり宮殿を空けるのは感心しないな」
今度は、浮世離れした王と王妃――オベロン王とティターニア妃がやって来た。
「よく似合ってるわ、アレクシス、アデリーナ。いっそ、二人ともここに残って私の愛し子に――」
「ティターニア妃、悪いが俺には国を背負うという責務があるのでな。帰らねばならない。それにアデリーナは俺の妃なので手放す気はない。いい加減に諦めてくれ」
「あらあら、冗談よ。うふふ、あの小っちゃかったアレクシスがこんなに可愛いお嫁さんを連れて来るなんて……オベロン、二人の未来を祝して踊りましょう!」
オベロン王の手を取って、ティターニア妃は妖精たちの踊りの輪に入っていった。
王妃というポジションなのに、なんてフリーダムな方なのだろう……。
見習いたいような、見習っちゃいけないないような……。
のんびり踊る二人を眺めていると、傍らのアレクシス王子がそっと私の手を取った。
「ほら、俺たちも踊ろう」
「えっ、ですが――」
妖精たちが踊っているのは、普段宮中で踊っているようなダンスとは種類が違うようだ。
わ、私こういう踊りは初めてなんですけど……。
「何だっていいんだ。リードは俺が」
王子に手を引かれるように、踊りの輪の中に加わる。
見よう見まねでステップを踏んで、くるりとターンするたびににぎやかな周りの様子が目に入る。
妖精たちはみんな楽しそうに、思い思いに踊っている。
その様子を見ていると、なんだか私も楽しい気分になってくる。
こんな経験滅多にできないだろうし、思いっきり楽しまなきゃ!
「ふふ、楽しいですね」
そう笑うと、王子も微笑み返してくれる。
はぁ、幸せだなぁ……。
しばらく踊っていると、ふと王子が空を見上げて呟いた。
「……そろそろか」
「王子?」
「アデリーナ、少しついてきてくれ」
王子の差し出した手を取り、私は足を進める。
相変わらず何をしにどこへ行くのか説明不足ですが……この手は、私を守り導いてくれる手だとわかっているから。
いつの間にか日は暮れて、夜の帳が下りていた。
妖精たちのにぎやかな宴から遠ざかり、アレクシス王子が足を進めたのは静かな森の中だった。
「暗いから足元に気を付けてくれ」
王子は迷うことなく進んでいく。
私も転ばないように気を付けながら、王子に導かれるまま足を進めていく。
やがてたどり着いたのは、開けた場所にある小さな泉だった。
「わぁ……」
今まで気づかなかったけど、今夜は満月だ。
泉の水面に、美しい月が映り揺らめいている。
「綺麗ですね……」
率直にそう言葉にすると、アレクシス王子がくるりと私の方を振り返る。
「妖精たちの間では番う際に、『今宵の月を君に捧げる』と愛を伝えるのが慣例になっているらしい」
「ふふ、可愛いですね」
「……アデリーナ、俺は君に月を捧げるようなことはできないが……誰よりも君を想い、愛している」
急に真顔でそう言われ、鼓動が高鳴る。頬が熱い。
こんなに美しい景色の中で、大好きな人に愛を囁かれるなんて。
あぁ、破壊力が高すぎます……!
「出会ったばかりの時は散々に君を傷つけて……本当に済まなかったと思っている。だが、そのおかげで大切なことに気づくことができた。君という存在の尊さも、君と共にいられる幸福も、あの出来事がなければ知ることはなかっただろう。今は自分でも驚くくらいに君のことばかり考えてしまうんだ」
王子の指先が、そっと私の頬に触れる。
私は無意識に、その指先に頬を摺り寄せていた。
「どうか、これからも俺の傍に居て欲しい。俺のすべてを掛けて、君を愛し守り抜くと誓おう」
……私と王子はきっと、運命の相手ではなかった。
でも、それでも……私の心は、いつもあなたの方を向いている。
きっとそれは、いつまでも変わることなく。
「私は、ずっと……きっと、王子が私のことを知る前からずっと、王子を想っていました。だから、これからも私の想いは変わることはないでしょう。たとえ王子が心変わりをしたとしても、私はあなたを想い続けます」
「……待て、俺が浮気をするとでも言いたいのか!?」
「た、たとえの話ですよ! もしもこれからもっと素敵な人に出会ったら――」
「しない。するわけがない。君以上の者など存在するはずがない」
……まったく、頑固なんですから。
でも、きっと頑固なのは私も同じ。
例え惨めに捨てられたとしても、私はあなたへの想いを断ち切ることなどできないでしょうから。
「あなたが許してくださるのなら……いつまでもお傍にいさせてください、王子」
至近距離で目と目が合い、王子は優しく笑った。
そのまま彼の顔が近づいてきて……そっと、唇が重なる。
まるで泣きたくなるくらい、このまま時間が止まればいいと思うくらいに……幸せだった。
「……アデリーナ、君はいつか俺が心変わりをするとでも思っているのか」
そっと二人並んで水面の月を眺めながら、私の肩を抱いた王子が囁く。
「可能性がないとは言えません。おそらく私は、王子が思うよりも俗物的な小者です。広い世界にはもっとあなたにふさわしい姫君がたくさん――」
「またそれか。まったく……君にはもっと知ってもらわなければならないな」
「えっ?」
知るって何を? と視線をやると、思ったよりも近くに王子の顔があって驚いてしまう。
そのまま彼は、鼻先が触れるほどの至近距離で囁いた。
「俺がどれだけ君に夢中で、君を愛しているか……たっぷりわからせてやらなければならないな」
「え、え?」
「もっと言葉にするべきか。これからは一日三回は君に『愛している』ということにしよう。言葉だけでなく行動でも――」
「ま、待ってください王子……!」
今でさえドキドキしすぎて心臓が壊れそうなのに、そんなことされたら私がショック死します!