20 お妃様、二度目の結婚式に臨む
わけがわからないままドレスに袖を通すと、集まって来た妖精たちがてきぱきと化粧やヘアセットを施してくれる。
あっという間に私のスタイルは整えられ、頭上には可愛らしい花冠が乗せられた。
「急いで、アデリーナさま。皆さんお待ちですよー!」
そして支度が済むと、私はロビンに引っ張られるようにして陽が沈みかけた宮殿を走る。
「どこへいくの!?」
「ティターニア様の庭園です! もう準備はばっちりのはずですから!」
準備って、私と王子の結婚式の?
でもそれって、ディミトリアス王子とヘレナ様の間違いなのでは?
だって……私とアレクシス王子は、とっくに結婚してるんですもの。
頭の中にたくさんの「?」を浮かべながら、ロビンに先導されるままにティターニア妃の庭園へと足を踏み入れる。
そこに広がった光景に、私は目を見張った。
「わぁ……!」
淡い輝きを放つ、様々な色を秘めたクリスタルのランプがあちこちに浮かび、庭園は幻想的な光に包まれていた。
ガーデンパーティーの会場のようにいくつものテーブルが並べられ、美味しそうな料理も取りそろえられている。
あちこちに様々な花々も飾りつけられており、何とも心が華やぐ光景だ。
今にもパーティーが始まりそうな雰囲気だけど、本当に、何が始まるのでしょうか……。
「皆さま、今宵の花嫁がいらっしゃいましたわ!」
何人ものお付きの妖精を引き連れて、楽しそうに料理を摘まんでいたティターニア妃が、私の姿を見つけた途端、高らかにそう宣言した。
えっ、やっぱり私が花嫁なの!?
「ほぉ、良く似合っているな」
いきなり耳元でそう囁かれて、心臓が止まりそうなほど驚いてしまう。
慌てて顔を上げると、いつの間にか傍らにやって来ていたオベロン王が、愉快そうな瞳でこちらを見つめていた。
「やはり、我らが愛し子として迎え入れて――」
「オベロン王、何度も言いますが……アデリーナは俺の妻ですので」
私とオベロン王の間に割って入るように、鋭い声が飛び込んでくる。
反射的に声の方向へ視線を遣り、私はまたしても驚きで目を丸くしてしまった。
少し不機嫌そうな表情を浮かべて、私の旦那様――アレクシス王子がこちらへとやって来る。
身に着けている礼装は純白で、ふちに金糸で細かい刺繍が施してある。
背中を流れるマントは蝶の羽のように流麗で、まるで「妖精の国の王子様」のような雰囲気を醸し出していた。
か、かっこいい……!
いつにも増して麗しい王子の姿に、私は思わず見惚れてしまう。
私の前の前までやって来たアレクシス王子は即座にオベロン王を引きはがすと、優しい瞳で私の方へと向き直った。
「……さすがはティターニア妃の見立てだな。綺麗だ、アデリーナ」
「あ、ありがとうございます……」
ストレートに褒められ、頬が熱い。
うぅ、綺麗なのは私ではなくドレスだけな気がするんですけどぉ……。
いや、今はそれより聞かなければならないことがある。
「あの、王子……聞き間違えでなければ、今からここで執り行われるのは私と王子の結婚式だという話なのですが……」
まさか違いますよね? という意味を込めて問いかけると、王子はコホンと咳払いをして見せた。
「いや……聞き間違えではない。今から、俺と君の結婚式が始まる」
違わなかった!? でも、それってどういうことですか……?
「確かに、以前俺と君の結婚式は執り行われた。だが、あの時俺はいろいろ切羽詰まっていて……散々なものだっただろう」
どこか気まずそうに、アレクシス王子はそう口にする。
あぁ、私も封印していたはずの記憶が蘇ってきます……。
あの時、エラの代わりにお城に連れてこられた私は、きちんと出会ってからわずか数時間の王子と結婚式を挙げたのだった。
王子はエラに逃げられたことで怒り心頭。私はそんな王子に殺されやしないかとビクビクで。
正直思い出したくないくらい悲惨な結婚式でしたね……。
「だから、もう一度君と……結婚式を挙げたかったんだ。あまり大勢の参列者が集まるような式は、君に負担になるだろうと思ってな」
優しい瞳で私を見つめながら、王子はそう口にした。
その言葉に、胸が熱くなる。
確かに結婚式のやり直しと言っても、各国の来賓たちが大勢参列するような大規模な式……となると、私も緊張と疲労で大変なことになりそうだ。
王子、そこまで私のことを考えていてくださったんですね……。
「アレクシス王子ってば、何か月も前からサプライズで準備を進めてたんですよ。ここに来てからも最終チェックが終わらなくて、僕もアデリーナさまにバレないかひやひやしちゃってもう! 解毒薬の素材採取の最中に王子とティターニア様に出くわしかけた時なんかは……もうダメかと思いましたね!」
パタパタ羽をはためかせながら、ロビンが嬉しそうにそう言った。
あれ、サプライズってもしかして……。
――『あっ、そういえばアレクシス王子のリクエストで――』
――『今その話はやめろ』
ここに来るときに、ロビンが何かを言いかけて王子が強引に遮ったことがあったっけ。
あれも、もしかしたらこの結婚式の話だったのかな……
きっとそれだけじゃない。ここに来てから王子が忙しくしていたのも式の準備を行っていたからで、ティターニア妃と仲睦まじく笑っていたのも、打ち合わせをしていたからで――。
「…………よかったぁ」
そう気づいた途端、私は思わずその場にへたり込んでしまった。
王子は、私に飽きたわけじゃなかった。嫌いになったわけじゃなかった。
もちろん、浮気をしていたわけでもなかった。
私のために、この結婚式の準備を進めてくださっていたのだ……。
「アデリーナ、大丈夫か!?」
慌てたように、アレクシス王子が私を抱き起してくれる。
彼に身を預けながら、私はそっと微笑んだ。
「ありがとうございます、アレクシス王子」
彼の手を借りて立ち上がると、ティターニア妃が嬉しそうに手を叩く。
「さぁ、祝宴の始まりね!」