6 お妃様、離宮にて王子を出迎える
「よしよーし、いい子ね」
「フェ~」
ここに来た当初はおどおどしていたアルパカちゃんも、だいぶここの環境に慣れてきたようだ。
今はなんと、私を背に乗せて離宮の周りをお散歩中!
はぁ、このモコモコがたまらない……。
「ふふ、随分とお妃様に懐いていらっしゃるようですね」
「もともと優しい子なのよ。ね?」
首元のモコモコを撫でてやると、アルパカは嬉しそうに「フーン」と鳴いた。
「もう少しでゴールだから、頑張ってね」
「フェ~」
「妃殿下、大変です!」
その時、道の先の離宮の方から慌てた様子で侍女が一人駆けてきた。
スローライフ・スタイルを実践するこの離宮周辺で、こんな風に慌てている人は珍しい。
何かあったのだろうか。
「どうしたの?」
「それが、王子殿下がこちらにいらっしゃいまして……」
「えっ!?」
王子が、来た? ここに? …………何で!?
「急いでお出迎えの準備を――」
「その必要はない」
その時聞こえてきた声に、私も一緒にいた侍女も凍り付いた。
道の向こうから悠々とこちらへ歩いてくる姿を、見間違えるはずもない。
まるで見惚れてしまうほど艶やかなシルバーブロンドの髪に、高貴さを感じさせるライラック色の瞳。
少し距離があるけど、見間違えるわけがない。
こちらへやって来るのは、我らが王子殿下ではないですか!
「……随分と、愉快なことをしているな」
すぐ目の前までやって来た王子が、困惑気味な瞳で私を見つめている。
それもそのはずだ。今の私は、身軽なエプロンドレスを身に着けて、アルパカにまたがった姿なのだから。
王子がここに来るわけないと高を括って、思いっきり普段の作業スタイルのままだったのだ。
……こちらに来られると先に知らせていただければ、もっとまともにお出迎えが出来ましたのに。
「お見苦しい姿を、大変失礼いたしました」
「いや、構わない。この生き物は馬か? 羊か?」
「アルパカといいます。毛並みがすごくモコモコで……王子殿下もモフられますか?」
「……お言葉に甘えるとしよう」
たぶん、私も王子も今の状況に混乱していて、どうしていいのかわからなかったのだろう。
テンパってアルパカを推す私に、勧められるままにアルパカをモフる王子。
それに、凍り付いたような(一部、笑いを耐えるような)周囲の者たち。
ただ撫でられたアルパカだけが、嬉しそうに「フェ~」と鳴いていた。
◇◇◇
「何か困ったことはないか……と聞きに来たのだが、その様子だと問題なさそうだな」
「……おっしゃる通りでございます」
離宮内の応接間にて、私と王子は向かい合っている。
はぁ、非常にいたたまれない……。
私はまだ、普段着でアルパカにまたがっているところを見られたショックから立ち直れていなかった。
まぁ、「王室の品位を下げる不届き者めっ!」と首を刎ねられなかっただけよしとしましょうか……。
「そなたに関しての報告は読ませてもらった。随分と革新的な取り組みをしているようだな」
「はい……?」
「野菜やハーブの栽培。それに果樹園を作る計画もあるのか。そなたも自ら土に触れ、農作業に携わっているとか……随分と熱心なのだな」
あの、どうして王子が私の行動をご存じなのでしょうか……?
まさかという思いで王子の手にする書類に目を遣ると、美しい字で何やら書き記してあるのが見える。
あれ、もしかしなくてもこれ……私の行動の報告書ですか!?
そう悟った瞬間、一気の血の気が引くような気がした。
だって、王子は私のことなんて気にかけたりはしないと思っていた。
だから、まさか離宮付きの侍女が細やかな報告書を作成して、しかも王子がその報告書をチェックしているなどとは想定外にもほどがある。
果樹園の計画だって「果樹園でも作ったら何を植えようかしら」なんて、侍女たちと世間話程度の話をしただけなのに、まさか王子に伝わっているとは……。
もしかして、今までの私の行動……全部筒抜けだったりします……!?
「も、申し訳ございませんでした……」
全力で保身に走ることにした私は、とりあえず謝っておくことにした。
だが王子は、私の行動に驚いたように目を丸くしている。
「何故、そなたが謝る?」
「仮初めの存在とはいえ、今の私は王子殿下の妃と言う立場にあります。その立場に相応しい振る舞いが求められることも承知しております。ですが私は……王太子妃の立場にはそぐわない行動をとりました」
王太子妃が喜んで畑を耕し、アルパカを乗り回しているなどと他国に知られれば、いい笑いものになってしまう。
だが王子は、私を叱ったり罰したりはしなかった。
「……顔を上げろ」
おそるおそる下げっぱなしだった頭を上げると、王子はどこか愉快な物でも見るような目で私を見ていた。
「農作業は人間が暮らしていくのに……ひいては国を維持していくのになくてはならない仕事だ。決して軽んじられる仕事ではない。たとえ王族や貴族であっても、自ら進んで農作業に携わりその苦労を知ることは、無駄ではないと俺は思っている」
ひどく真面目な顔つきで、王子はそう口にした。
その言葉に、私は呆気に取られてしまう。
……一回踊っただけのエラに求婚するような、悪く言えば世間知らずの王子様かと思っていた。
だが、彼は馬鹿ではない。きちんと自分の意見を持つ、この国の未来を背負う王子様だった。
「将来的に宮殿の近くに大規模な農園を整備する計画もあるんだ。先にそなたに実践してもらい、問題点や課題を洗い出してもらえると助かる」
これはもしかして、もしかしなくても……私のスローライフ・スタイルが認められたと思ってもよいのでしょうか……?
「これからも、今までのように生活してもよろしいでしょうか……」
「……来客があるときは先に知らせる。その時はそれ相応の格好をしてくれ」
遠回しにだけど、それは私のスタイルを肯定する言葉だった。
よかった……。「常にドレスを着て離宮の中で大人しくしていろ」なんて言われたら、退屈で干からびちゃいそうだから!
これからも悠々とロイヤルニート生活を送ってやろうではないか!
「ありがとうございます、殿下!」
笑顔でそうお礼を言うと、彼は「また来る」とだけ言い残して足早に去っていった。
うーん、ろくなおもてなしもできなかった。
次に殿下がいらっしゃる時は、ケーキでも焼いてお出ししようかしら?