17 お妃様、修羅場の中心に立ってしまう
調合部屋にたどり着いたら、さっそく解毒薬の調合開始だ。
妖精たちと一緒に、ぐつぐつと煮立つ鍋に材料を投入していく。
「アデリーナさま、落ち着いてくださいね。そこで右周りにに三回、左周りにに二回ぐるぐるです」
「ぐるぐるね、わかったわ」
少しでも手順を間違えればまた大変なことになってしまう。
神経を研ぎ澄ませて、ぐるぐると鍋をかき混ぜていく。
やがて水色の煙がぽわりと立ち上り、見守っていた妖精たちが歓声を上げた。
「成功です、アデリーナさま!」
「よ、よかったぁ……」
思わず床にへたりこんでしまう。
はぁ、緊張した……。
でもこれで、ディミトリアス王子を元に戻せるはず!
完成した解毒剤を瓶に詰めて、私は妖精たちにお礼を言って部屋を後にした。
うぅ、緊張する……。
後は食事の時にでも、こっそりこの解毒剤を混ぜた飲み物をディミトリアス王子に飲んでもらえればいい。
大丈夫、あと一歩。あと一歩で、すべてが元通りになるはずだ。
なるはず、だったのに……。
素材採取の強行軍と解毒剤の調合で、私は自分でも気づかないうちに疲れていたのかもしれない。
いつのものように、ロビンに斥候役として働いてもらうのを忘れていたのです。
だから、長い回廊の向こうからディミトリアス王子がこちらに向かってくるのを見た時も、驚きすぎてすぐには体が動かなかった。
「おぉ、アデリーナ! 我が命、我が魂、麗しのアデリーナよ!」
ひいぃぃぃぃ!
大声で誤解を招くようなことを叫ばないでください!
私の姿を見た途端、ディミトリアス王子はとんでもないことを叫びながら、一目散にこちらへ駆けてくる。
どうやら、惚れ薬の効果はまったく薄まっていないようだ。
彼は立ちすくむ私の手を取って、熱っぽい瞳で囁く。
「あのですね、ディミトリアス王子。少しお話が……」
「その髪は闇夜の月光のように輝き、その瞳は深い森の中に佇む泉のように煌き、その白い肌は――」
はひぃ……私のような凡人を、そのように過剰に褒め称えるのは誠にいたたまれません。
私はなんとか彼を説得しようと試みたけど、まったく効果はなかった。
それどころか、ぐいぐいこちらへ迫ってくる始末。
「王子! 駄目ですよぉ!」
ロビンが必死にディミトリアス王子の髪を引っ張ってるけど、王子は気にする様子もなく私への賛辞をやめようとしない。
「お、王子……落ち着いて聞いてください。今のあなたは少しおかしくなっていて――」
「あぁ、我が身を焦がす恋の情熱……。これがおかしくならずにいられようか!」
ディミトリアス王子の非常に整った顔が迫って来て、思わずぎゅっと目を瞑ってしまった。
その時――。
「何をしている」
冷たい声と共に、私の体は強く引き寄せられる。
まるで氷のような、とても冷たい声なのに……その声を聞いた途端、一瞬だけ、泣きたくなるくらいに安心してしまった。
「アレクシス王子……」
この世界に王子が何人いても変わらない。たった一人の、私の王子様。
背後から私の体を抱き寄せるようにして、アレクシス王子はディミトリアス王子と対峙した。
「……ディミトリアス。知らないのなら言っておくが、今貴様が口説いているのは俺の妃だ」
ピリピリとした威圧を込めたアレクシス王子の言葉。
しかし、ディミトリアス王子は怯むことはなかった。
「愛は時として、世の条理すら飛び越える」
「……ほぉ、よくもそんな口が利けるものだな」
だんだんと、周囲の空気が張り詰めていく。
まずい、これは非常にまずい……。
ディミトリアス王子がこんな風になってしまったのは私のせいだ。
だから、ここで二人を仲違いさせてはいけない……!
「あの、王子……ディミトリアス王子は今おかしくなっていて――」
「あぁ、おかしいだろうな。ここで俺がその腐った性根を正してやろう……!」
そう言うと、アレクシス王子は私を背後に庇うようにして、腰に佩いた剣を抜いた。
…………!!?
「だ、駄目です! そんな危険な物はしまってください!!」
「黙ってろ、アデリーナ。妃に手を出されて、指をくわえてみているわけにはいかない」
「王子!!」
私は必死に王子の腕を掴んで止めようとしたけど、アレクシス王子は聞いてはくれなかった。
「剣を抜け、ディミトリアス」
白く光る刃が、ディミトリアス王子へと向けられる。
ロビンなんてその光景にショックを受けたのか、気絶して地面に転がっている。
あぁ、どうしよう……。恐れていた事態が起きてしまった。
何もかもが出過ぎた真似をした私のせい。
だから絶対に、アレクシス王子にディミトリアス王子を傷つけさせるわけにはいかない……!
体を張って、立ちふさがろうとしたその時――。
「お待ちください!」
確かな決意を秘めた声が、高らかに響き渡る。
思わず声の方向へ振り返ると、そこにいたのは必死な表情のヘレナ様だった。
彼女は剣を抜いたアレクシス王子にも怯えることなく、凛とした態度でこちらへやって来る。
そして、私に先んじてディミトリアス王子を庇うように立ちふさがったのだ。