16 お妃様、妖精王に励まされる
無心に材料集めに奔走した私たちは、何とか日が暮れる前に城に戻ってくることができた。
「ひゃあ! アデリーナさま、顔色が悪いですよ!?」
「わたしたちが下準備をしますので、それまでアデリーナ様は休憩なさってください!」
「えぇ、お言葉に甘えるわ。ありがとう」
妖精たちに心配され、私はしばしの休息を取ることにした。
寝室に戻って横になったけど、どうにも眠れない。
ディミトリアス王子の変貌が、ヘレナ様の泣き顔が、そして……今日目にしたばかりのアレクシス王子の嬉しそうな笑顔が頭から離れない。
「…………はぁ」
少し外の風を感じたくて、バルコニーへと足を進める。
遠くの山々から吹き付ける風が心地いい。
妖精の郷の風景は美しく、こんな時じゃなかったらもっとリラックスできたかな……。
「……どうしよう」
心の中にあふれてくるのは、とめどない不安ばかり。
いったいこれからどうなってしまうのだろう。
不意に泣きたくなって、ぎゅっと唇を噛みしめた途端――。
「悩んでおるようだな、人の娘よ」
「ひゃあぁ!?」
急に頭上から声がして、私はその場で飛び上がってしまった。
慌てて視線を上に向けると、そこにいたのは……。
「オベロン王!?」
この城の主――オベロン王が、バルコニーの天井の飾りから、まるでコウモリのようにぶら下がっていたのだ。
驚きすぎて声も出ない私にニヤリと笑うと、彼は俊敏な猫のような動きで、しゅたっと私の隣に降り立った。
「少し変わった魔法の気配を感じるとは思ったが……随分と、愉快なことになっているようだな?」
彼はからかうような目をして、で私の顔を覗き込んできた。
落ち込んでいた私は、「別に愉快じゃないです」と答えようとするつもりだった。
なのに、その目に見つめられた途端――私の口は、ぺらぺらと事のあらましを話し出していたのだ。
「私が、ディミトリアス王子とヘレナ様に大変なことをしてしまったから――」
あらかた私の説明を聞くと、オベロン王は何がおかしいのかくすりと笑う。
「ほう、それはそれは……。ロビンの奴め、我に黙ってそんな面白――いや、大変なことを仕出かしていたとは……しかし何故、そなたがそんなにしょげているのだ?」
「だって、もしディミトリアス王子が元に戻らなかったら、私のせいでアレクシス王子やヘレナ様に迷惑が……それに、戦争になる可能性だってあります」
「ふぅむ、やはり我らが思うより人間の心は繊細で複雑なようだな。しかしそう気に病むでない、人の娘よ。我も昔は、出来心で幾人もの人間の心を魔法で変えて楽しんでいたものよ」
わぁ、さすがは妖精の王様……。
人間の倫理観なんて全然通用しないんですね!
「いざとなったら我が城に匿ってやろうぞ。我とティターニアの愛し子となれば、人間どももやすやすと手が出せまい。だから、そうしょげるでない、娘よ」
不思議だ。オベロン王の言葉を聞いていると、今の事態をそんなに心配しなくてもいいんじゃないかって気分になってくる。
……いやいや、そんな風じゃダメなんだけどね!?
これは私(とロビン)が仕出かしてしまったこと。だから、私たちがきちんと決着をつけなければ。
「お気遣い感謝いたします、オベロン王。ですが、これは私が始末をつけなければならないことです。少し城を騒がせるかもしれませんが、どうかご容赦願います」
そう言って頭を下げると、オベロン王は一歩私の方へと近づいてきた。
妖しげな光をたたえる金の瞳が、すぐ間近に迫ったかと思うと……。
「幸いあれ、娘よ」
そっと私の額に口づけて、オベロン王は風のように消えてしまった。
はっと我に返った私は、じわじわと熱を持ち始めた頬を手で抑える。
うぅ……さすがは妖精の王様ですね。
なんて言うか、気を抜けばすぐにでも魅入られそうになりそうで危ない危ない……。
でも、オベロン王が励まして(?)くれたおかげで少し元気が出てきた。
……よし! 解毒薬の材料は揃ったからあと少し。
待っててください、ディミトリアス王子! ヘレナ様!
「アデリーナさま、調合の準備ができたみたいだよ!」
「ありがと、ロビン。今行くわ」
呼びに来たロビンを斥候として使い、私はディミトリアス王子に遭遇しないように気を付けながら、何とか調合部屋までたどり着けたのだった。