14 お妃様、決意を固める
「……少し、無理をさせすぎたかもしれないな。気遣ってやれずに済まなかった」
そう言って申し訳なさそうに笑う王子に、私は慌てて首を横に振る。
「いいえ、ただ私の体調管理がなっていなかっただけで……」
完全に仮病を使っている私は、申し訳なさでいっぱいになってしまう。
ごめんなさい、王子。あなたは何も悪くないんです……!
しかしこの様子だと、アレクシス王子はまだディミトリアス王子の変貌をご存じないようだ。
やっぱり、私が視界に入らなければいつも通りなのかな?
……王子にも、今の事態を話すべきだ。
頭ではそうわかっていて口を開こうとしても、言葉が出てこない。
――失望されたくない。
そんなことを思ってしまう私は、とんでもない卑怯者だ……。
何度も息を吸っては吐いてを繰り返す私に、アレクシス王子は目を細め一歩距離を詰めてきた。
「俺はいつも、君の強さに甘えてばかりだ」
「え…………?」
驚いて王子を見返すと、彼はそっと手を伸ばし、私の体を引き寄せる。
暖かなぬくもりに包まれ、不思議と力が抜けていくようだった。
「結婚したばかりの時もそうだった。勝手に城まで連れてきて放置していた俺を責めることなく、君は強く生きていた」
うぅ……別にそれは王子が思うような健気な理由ではないんですよ。
ただ「使える予算と人出があるから思いっきりやりたいことやっちゃおう!」という、私の私欲でしかなかったのですが……。
「……王子は、私を買いかぶりすぎです。私は繊細なお姫様育ちではない凡人なので、ただ鈍いだけですよ」
彼の胸に顔を押し付けながらもごもごと呟くと、頭上からくつくつと笑う声が聞こえる。
「中々、自分のことは客観的に見れないものだな」
「そんなことないと思いますけど……」
「俺から見た君は……ダイヤモンドのような強さと輝きを持つ、誰よりも素敵な姫君なのだが」
そう耳元で囁かれた途端、爆発しそうなほど顔に熱が集まるのを感じた。
物凄い誤認です、王子!
ダイヤモンドなんて御冗談を。私はただの路傍の石ころですよ!
「……私みたいな凡人をそんな風に言って、付け上がらせて……他の高貴な方々に笑われても知りませんからね」
「誰が笑おうと関係ない。俺にとっての君は、誰よりも大切な宝物なのだから」
…………もう!
なんで、そうこっぱずかしいセリフをサラッと言っちゃうんですか……。
「ディミトリアスの奴も、早く婚約者にそう言ってやればいいものを……」
きっと、王子にとってはただの独り言だったのだろう。
だがその言葉を聞いた瞬間、私の鼓動が今度は嫌な音を立てた。
……そうだ。王子に甘えている場合じゃない。
私のせいで、ディミトリアス王子とヘレナ様は大変なことになってしまった。
うまく解毒剤を作って飲ませられればいいけど、もし何か不都合があった場合は……。
「アデリーナ?」
そっと王子から体を離すと、彼は不思議そうに私に呼びかけた。
……駄目だ、彼を巻き込んではいけない。
私は大変なことをしてしまった。ディミトリアス王子が正気に戻れば、きっと私を断罪しようとするだろう。
その咎は、私一人で受けなければいけないのだから。
「……アレクシス王子、もし私が、この先――」
声が震えないように気を付けながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「何か大変な罪を負うようなことがあれば……容赦なく、私を切り捨ててください」
国と国の問題にするわけにはいかない。
悪いのは私であって、王子も、国も関係ない。
だから、もしもの時は……彼に、私のことを切り捨ててもらわなければ。
アレクシス王子はじっと見定めるように私を見つめて、口を開いた。
「嫌だ」
「えっ!?」
「何故俺が、君を切り捨てねばならない? 君は俺の妻だ。俺が君を見捨てることなどあるはずがない」
「ですがっ……」
「アデリーナ、きっと長旅で疲れているんだろう。ただでさえ、初めて妖精の里にやって来た人間は調子を崩しやすいんだ。体だけでなく、心の方も。今日はゆっくり休むといい」
王子はもう一度しっかりと私を抱きしめ、ゆるぎない声で告げる。
「覚えておけ、アデリーナ。月並みの言葉かもしれないが……俺は、たとえ世界を敵に回しても君の味方だ」
その言葉を聞いた途端、じわりと目元に涙がにじむ。
王子はそっと私の目元に口づけて、優しく背中を撫でてくれた。
「君が最大限にリラックスできるように、部屋付きの妖精に申し付けておこう。それと……あと少ししたら、君と一緒に行きたい場所があるんだ。だから、それまでには体の調子を整えておくんだぞ?」
そう言っていたずらっぽく笑った王子に、私はそっと頷く。
……駄目だ、勝てない。
惚れた弱み、とでも言うのだろうか。
私はどうしても……こうやって彼の言葉に言いくるめられてしまうのだから。
「おやすみ、アデリーナ。俺の最愛の妃に安らぎの時間を」
最後にそっと私の額に唇を落として、王子は部屋を後にした。
閉まった扉の向こうで何やら話し声が聞こえたので、部屋付きの妖精に何かをリクエストしているのかもしれない。
「……頑張らなきゃ」
アレクシス王子に会えて、優しくしてもらって……胸の中が充足感で満たされる。
でも、今もきっとヘレナ様は傷ついた心を抱えているはず。
だから……私は自分の仕出かしたことの尻拭いと、それ以上の幸福をヘレナ様に贈らなければ。
「解毒剤を作って……今度こそ、二人を結び付ける」
王太子妃として他国への過剰な内政干渉は……などと言っている場合じゃない。
何としてでも、ディミトリアス王子とヘレナ様を相思相愛にして差し上げなければ。
私は、あらためてそう決意を固めたのだった。