13 お妃様、今の事態に青ざめる
「つまり……私たちが作ったのは『愛する相手に真実しか話せなくなる薬』ではなくて――」
「飲んだ後に初めて見た相手を好きになる薬……いわゆる惚れ薬ですね」
「やっぱりぃぃぃぃ……!」
ディミトリアス王子とヘレナ様の前からダッシュで逃げ出した私は、お城の片隅でロビンを問い詰めた。
その結果わかったのは、調合の際にロビンがうっかりレシピを取り違え、思ったのとは違う効果の薬が出来てしまったという事実。
これ、ものすごくまずい事態になってるんですが……!
「ディミトリアス王子は椅子から落ちてすぐに私を見たから、私に対して惚れ薬の効果が出てしまったってことよね……」
あぁ、よかれと思ってしゃしゃり出たらこんなことになるなんて!
せめて最初に見たのがヘレナ様なら、当初の目論見通りにうまくいったのに。
「惚れ薬の効果はどのくらい続くの?」
「うーん、二十年くらいかな?」
「長い! そんなに待てるわけがないわ。解毒薬は作れないの!?」
妖精の惚れ薬のあまりの強力さに、私は恐れおののいた。
二十年もディミトリアス王子があのままなんて……どう考えても国際問題!
国交断絶、もしかしたら戦争になるかもしれない。
真っ青になる私に、ロビンは慌てて付け加える。
「もちろん作れますよ! 今みんなにレシピを調べてもらってるから――」
「なるべく早めにお願いね……! 徹夜でも何でもするから!」
必死な私に、さすがにのんきなロビンも今の事態がまずいと悟ったのだろう。
懐から小さなメモを取り出すと、慌ただしく読み上げてくれる。
「あのっ、あの薬の効果なんですが……どうやら強く効果を発するのは対象となる相手が視界に入っている時のようで――それ以外の時は、そこまで強い効果はないようです」
「私がディミトリアス王子の視界に入らなければ、何とかなるってこと?」
「おそらくは……」
ロビンは自信なさそうにしていたけど、今はその説明にすがるしかない。
よし、決めた。
ディミトリアス王子に解毒薬を飲ませるまで、私は絶対に彼の前に姿を現さない!
「ロビン。悪いけどこれからしばらく、あなたには私の斥候になってもらうわ……!」
城の中でうっかりディミトリアス王子に遭遇してしまっては大変だ。
私はロビンを斥候として有効活用し、何とかディミトリアス王子に会わずに部屋へと帰り着くことができたのだった。
◇◇◇
その夜、ディミトリアス王子がいると思われる会食の間に行くことはできずに、私は「体調が悪いので」と断り部屋に閉じこもっていた。
「はぁ……」
どうして、こんなことになってしまったんだろう。
私はただ、ディミトリアス王子とヘレナ様がうまくいけばいいと思っていたのに……。
ヘレナ様、傷ついたかな。傷ついたよね……。
事態が落ち着いたら、きちんと謝らなければ。彼女が私を断罪しようというのなら、甘んじて受け入れましょう。
今のうちの土下座と首を差し出す練習でもしておこうかな……。
……なんて考えていると、私の部屋の戸が控えめに叩かれた。
慌ててテーブルの影に隠れる私を尻目に、部屋付きの妖精が「はいはーい」と応対してくれる。
すぐに戻ってきた彼女は、にこにこと嬉しそうに笑いながら告げる。
「アデリーナさま、王子様がいらっしゃいましたよ!」
王子!?
まさか、ディミトリアス王子が私を探して――。
「……アデリーナ、大丈夫か?」
その時聞こえてきた声に、私は自分でも驚くほど安堵してしまった。
扉の前に居るのはディミトリアス王子ではなく、私の旦那様――アレクシス王子だったのだから。
「今、参ります」
慌ててベッドの影から這い出し、部屋の入口へと向かう。
そっと扉を開けると……その向こうにいたのは、心配そうな表情のアレクシス王子だった。
彼の姿を見るのは半日ぶりだろうか。
そのはずなのに、まるで久方ぶりの再会のように胸が熱くなる。
「体調が悪いと聞いたが……調子はどうだ?」
「少し良くなりましたが、もうしばらくは部屋で静養させて頂こうと思いまして――」
「……中へ、入っても?」
遠慮がちに告げられた言葉に、私は静かに頷いた。
「あっ、私は用がありますのね少し外しますね! ごゆっくり~」
空気を読んだのか読んでいないのか、部屋付きの妖精さんが慌てた様子で部屋を飛び出していく。
王子がそっと室内の足を踏み入れ、後ろ手に扉を閉める。
静寂が支配する部屋の中で、二人きり。私とアレクシス王子は向かい合う。
先に口を開いたのは、王子の方だった。