12 お妃様、動揺する
「お招きいただきありがとうございます、アデリーナ妃」
「こちらこそ、突然のお誘いにも関わらずお越しいただき感謝いたします。ロビンと出かけた先で、妖精たちがお茶にして飲むと言う花を見つけまして……是非、お二人にもご賞味いただきたいと思いまして――」
可愛らしいティーテーブルがセットされた宮殿のバルコニーに、私は二人を招待した。
やって来たディミトリアス王子はいつものように、朗らかな笑みを浮かべている。
その隣のヘレナ様は昨夜しおらしく泣いていたのが嘘のように、ツンと取り澄ましたお顔をしていた。
さすがのポーカーフェイス。私も見習わなければ……。
「こちらがそのお茶です。私も飲んでみたのですが、ほんのり甘くて……焼き菓子にはよく合いそうな――」
ベラベラとどうでもいい話をしながらも、私の心臓はバクバクだ。
二人の為に用意したティーカップには、例の薬が入っているのだから。
どうか、うまくいきますように……!
さりげなくお茶を勧めると、まず最初にティーカップを手に取ったのはディミトリアス王子だった。
「良い香りですね。それではいただきます」
にこりと笑ってそう告げると、王族らしい優雅な手つきで、ディミトリアス王子はティーカップを口元に運ぶ。
そして次の瞬間――彼は勢いよくと椅子から転がり落ちたのだ。
「ディミトリアス王子、大丈夫ですか!?」
ひぃぃぃぃ……!
これ絶対、お茶に仕込んだ薬のせいだよね!?
もしかしたら何かが起こるかもしれないと予期していたから、私は素早く動くことができた。
慌てて立ち上がり、床に倒れたディミトリアス王子を介抱する。
「王子、王子! ごめんなさい……!」
ロビンたちは「愛する相手に真実しか話せなくなる薬」としか言っていなかった。
だから、まさか飲んだ瞬間昏倒するような危険があるとは思わなかったのだ。
……まさか、こんなことになるなんて!
全部私のせいだ……!
「王子、お気を確かに!」
必死に呼びかけると、祈りが通じたのか、ディミトリアス王子はゆっくりと目を開けた。
「アデリーナ妃……?」
「はい……! よかった……。王子、転んだ時にどこかをぶつけたりは――」
「そんな風に健気に心配してくれるなんて……ああ、アデリーナ。あなたは何て素敵な人なんだろう……!」
……………え?
ディミトリアス王子のきらめく瞳が、まっすぐに私を見つめている。
彼は頬を紅潮させ、ぽかんとする私にとんでもないことを言い出したのだ。
「どうか、今まであなたの魅力に気づかなかった私をお許しください。アデリーナ――まるで夜空にきらめく星のような、嵐にも負けずに咲く花のような、我が麗しの乙女よ……!」
こちらに向かって手を伸ばしたディミトリアス王子が、うっとりとした表情で私の頬を撫でる。
その途端ぞわりと鳥肌が立って、私は正気に返った。
「ひぃっ!」
慌ててディミトリアス王子から身を引き、ヘレナ様の方を見遣る。
いつも凛とした表情を崩さないヘレナ様は……まるで「目の前の光景が嘘であってほしい」と願うような、驚愕と絶望の表情を浮かべていた。
…………まずい。
まずいまずいまずい!
愛する相手に真実を話すどころではない。明らかにディミトリアス王子はおかしくなってしまった。
どう考えても、私とロビンの作戦は失敗したのだ……!
「アデリーナさま、大変です!」
その時、ロビンがパタパタと羽をはためかせ、バルコニーへと飛んできた。
私はその胴体をがしりと掴むと、二人に向かって勢いよく頭を下げた。
「ききき、急に用事思い出したので失礼いたしますっ!」
言い終わるやいなや、私はロビンを掴んだままその場から全力ダッシュで逃げ出した。
「ああ、輝かしく美しいアデリーナ……。私の愛の女神よ……!」
そんなディミトリアス王子の声が追いかけてきたけど、もちろん止まるわけにはいかない。
まずい、どう考えても……想定外の大事故が発生してしまった!