8 お妃様、異国の恋模様に思いを馳せる
私とロビンは顔を見合わせ、意思疎通を図った。目と目が合い、すぐに気持ちが通じ合う。
その結果、「見つかると厄介そうなので、こっそり隠れて二人が去るのを待とう」という形で合意が図られたのである。
「王太子妃らしく堂々たる態度でいなければ」と決意した、わずか数分後のことであった。
はぁ、自分でも情けないというかなんというか……。でも、トラブルには巻き込まれたくないんですよ!
「ヘレナ、僕はそんなつもりじゃ……」
「あなたはいつもそうよね。私が、私がって……悪いのはいつも私! そうやって私を悪者にしてればいいのよ!」
うーん、事情はよくわからないけど、どうやらヘレナ様がディミトリアス王子の態度に怒っているようだ。
しかしあのクールなヘレナ様が、こんな風に感情をあらわにするなんて。
美人なだけに怒ると迫力がすごい。私だったらすぐにでも勢いに負けて土下座してしまうかもしれない。
その後も二人は話し合い……というかヘレナ様が一方的にまくしたてるような形で、言い合いを続けていた。
わぁ、どうしよう……とはらはらしているうちに、業を煮やしたのかヘレナ様がくるりとディミトリアス王子に背を向ける。
「もういいわ、私は宮殿に戻らせてもらいます」
「ヘレナ、一人じゃ危な――」
「ついてこないで! あなたと一緒に居たくないの!!」
その言葉で、ヘレナ様を追いかけようとしていたディミトリアス王子は足を止めてしまう。
ヘレナ様は早足で、私とロビンが隠れている場所の前を通って姿を消した。
一瞬見えた横顔が、泣きそうな顔をしていたのは……私の見間違いかしら。
「はぁ……」
ヘレナ様に去られ、ディミトリアス王子が大きくため息をついた。
かと思うと、彼は私たちが隠れている大樹の方へ視線を向けたではないですか!
まさか、ここに隠れてたのがバレてた!?
身を寄せ合うようにして震える私たちの耳に、随分と優しい声がかけられる。
「……お見苦しいものを御見せして、誠に申し訳ございません」
……完全にバレてる。ディミトリアス王子には透視能力でもあるのだろうか。
なんて思ったけどよく見ると、大樹の陰からペコリーナのキュートなお尻がはみ出ているではないですか。よくヘレナ様にバレなかったな……。
こうなったら、これ以上隠れていても無駄だろう。
何とも情けない形だが、私とロビンとペコリーナはそろそろと大樹の陰から姿を現した。
「こちらこそ申し訳ございませんでした。盗み聞きするつもりではなかったのですが……」
「勿論、アデリーナ妃のお邪魔をしてしまったのはこちらの方です。気分を害してしまい、何とお詫びしてよろしいか……」
……よかった。隠れて二人の修羅場を見ていたことに怒っているわけではないようだ。
その事実にほっと胸をなでおろし、私はおそるおそる気になっていたことを聞いてみた。
「あの、ヘレナ様と何か……」
「いえ、大したことではないのです。彼女とああして諍いが起こるのは、日常茶飯事ですから」
爽やかな笑みを浮かべて、ディミトリアス王子は何ともコメントし辛いことを口にした。
なんて声を掛けるか迷う私に、彼はぽつりと告げる。
「本当に、原因は大したことではないのです。ヘレナは……きっと僕の何もかもが気に入らないのでしょう。僕たち、政略結婚なんですよ」
「政略結婚……」
「はっきりと確認したことはありませんが、ヘレナには他に想う相手がいたのかもしれません。しかし彼女は家の為に、嫌々僕の妻になろうとしている。僕は……できればそんな彼女を解放してあげたい」
「ディミトリアス王子はヘレナ様のことお嫌いなんですか~?」
わぁ、さすがはゆるゆる妖精。
え、ここでそれ聞いちゃう?ってことまで躊躇なく口にしてしまうとは。
ロビンのデリカシーの無い発言に、ディミトリアス王子は驚いたように目を丸くした後……少し切なそうに顔を伏せた。
「……いいえ、僕は彼女を愛している。だからこそ、彼女に本当に幸せを掴んで欲しいんですよ。これが、僕の愛なんです」
思わず、どきりとしてしまった。
ディミトリアス王子にとっては、たとえ結ばれなくても愛する人の幸せを願うのが本当の愛なのだろう。
なんという健気な……。
「アデリーナ妃。あなたとアレクシス王子を見ていると羨ましくなります。互いに想いあい一緒になったあなた方は、本当に幸せそうだ」
うーん、馴れ初めを考えると私と王子も割と散々なのですが……それは黙っておきましょう。
「少し、話過ぎましたね。できれば今話したことはヘレナには黙っていて欲しいのですが……」
「えぇ、勿論です」
「感謝いたします、アデリーナ妃。それでは失礼いたします」
そう言うと、ディミトリアス王子は早足でヘレナ様の去っていった方向へ消えていった。
きっとヘレナ様が心配で追いかけていったのだろう。
本当に、健気なお人だ。
「ディミトリアス王子も大変なのね……」
「でもさぁ。『ついてこないで!』って言われて本当についていかないあたり、どうかと思いますよ~? そういうなよなよした部分にヘレナ様もイラついてるんじゃないの?」
「なぁに、ロビン。わかったようなこと言っちゃって」
「女の子は従順なタイプよりもちょっと危ない男が好きだって、この前の妖精新報に載ってたし」
「そんな情報源があるのね……」
「アデリーナ妃も昨日、アレクシス王子に不意打ちちゅっちゅされて喜んでたじゃないですか~」
「フェ~♡」
「よ、喜んでないわ!」
ぎゃー! それは蒸し返さないで!!
めちゃくちゃ恥ずかしいんだから!!
「ちょうどそこに滝があるじゃない。ちょっと滝行してくるわ」
「わわわ! 風邪ひいちゃうからやめましょうよ~!!」
必死なロビンに引き止められ、私は冷たい水に足首まで浸る程度で留めておいた。
はぁ、この熱が引くまでは、ここから動けそうにないかな……。