7 お妃様、修羅場に遭遇する
はぁ、胸がドキドキして眠れない……なんて思ったのは30秒くらいだった。
恐るべきは妖精のお香である。
花の妖精が焚いてくれた安眠香を嗅いだらすぐに……私は緊張も忘れて熟睡してしまったのだ。
「おはようございます、アデリーナさま」
「おはよう……? はっ!」
翌朝気が付けば、もう太陽が高く昇っていた。部屋付きの妖精が、少し心配そうに私を見つめている。
うわぁ、私どんだけ寝てたんだろう……。
それにしても、妖精のお香の効果は絶大だった。……少し、恐ろしくなるくらいに。
「アデリーナさま、差し支えなければ身支度をお手伝いさせていただきますが……」
「そ、そうね! お願いするわ」
花の妖精が選んでくれたドレスに着替え、身支度を整え部屋を出る。
会食の間に足を踏み入れると、待機していたのかすぐにロビンがふよふよと近づいてきた。
「おはようございま~す、アデリーナさま。意外とお寝坊さんですね!」
「うっ……」
事実なので返す言葉もない。うぅ、恥ずかしい……。
慌てて話題を変えようと、私は急いで口を開いた。
「そういえば、王子は?」
「アレクシス王子なら、朝早くから出かけていきましたよー。なんでも……あっ、これは黙ってろって言われたんだった」
……そこで言葉を切られると気になるんだよね!
でも、無理やりに聞き出すなんてはしたない真似はできません。
今の私は王太子妃として妖精王の宮殿に滞在しているのだから、(おそらく)妖精王の配下であるロビンに無体を強いることはできない。
すごく気になるけど、スルーしておこう。
「まずは、朝食を頂けるかしら。その後は、あなたさえよければこの辺りを案内していただきたいのだけれど」
「了解しました~。ばっちり案内しちゃいますね!」
ロビンが合図すると、妖精たちがわらわらと集まって来て給仕してくれる。
うーん、蜂蜜のたっぷりかかったパンケーキは絶品だ。
食後のハーブティーを飲んでまったりしていると、近付いてきたロビンが私の手のひらほどのサイズの本を広げた。
「ほら見てくださいこれ! このあたりの名所をばっちり収録したんです!」
おぉ、まさかのガイドブックだった。
来訪者は少ないみたいだけど、ちゃんとそういうものも用意してあるとは驚きだ。
「どうです? お安くしておきますよ~」
……お金取るんかーい。
◇◇◇
「はぁ、さすがは水の精の棲む泉……水の質が段違いね。ごくごく飲んじゃった。次は……そうね、ここ。虹の滝に行きたいわ」
「はいはーい。ご案内しまーす!」
「フーン♪」
ロビンから買ったガイドブック片手に、私はペコリーナを連れてなんだかんだで妖精の里の観光を楽しんでいた。
こんな機会はめったにないだろうし、思う存分見ておかなくては!
でも、ふとした時に頭をよぎるのは早朝から不在にしている王子のことだ。
王子には王子の所用があるのだろう。そうわかっていても……どうしても、気になってしまう。
正直に話してくだされば、私も別に置いて行かれることを怒ったりはしないのに。
どうも、私に何か隠してるみたいだし……気になっちゃうんだよね。
――『今は……君だけを愛してる。…………アデリーナ』
その言葉を、疑うつもりは無い。
王子は誠実な御方だ。私に黙って浮気なんて、あるわけない……と、思いたい。
でも、私は今でも絶望的なまでに自分に自信が持てないのだ。
あの瞬間、確かに王子は私を愛してくれていたとしても、それが永遠の愛かどうかはわからない。
他に素敵な相手が現れたら……と思うと、どうしても怖くなってしまう。
「はぁ……」
「フェ~?」
「あれ、疲れました? 少し休憩しましょうか?」
「いいえ、大丈夫よ」
いかんいかん。ロビンとペコリーナにまで心配されてしまった。
慌てて気を取り直し、背筋を伸ばして足を進める。
そうです、今の私は王太子妃。
私が情けない姿を見せれば、王子の沽券にも関わってしまう。
だから、せめて堂々たる態度でいなくては。
「虹の滝はもう少しですからね~。ほら、そろそろ見えて――」
「いい加減にして!」
進行方向から怒鳴り声が聞こえて、私たちはその場で飛び上がってしまった。
慌てて大樹の陰に身を隠し、そっと状況を伺う。
するとそこには、向かい合う男女が一組。
あれは……《栄光の国》のディミトリアス王子と、彼の婚約者のヘレナ様だ。
「言いたいことがあればはっきり言えばいいじゃない! あなたの……そういう所が卑怯なのよ!」
そうヒステリック気味に叫んだのはヘレナ様だ。
対するディミトリアス王子は、じっと黙って彼女の声を聞いている。
あれ、これって……もしかして修羅場だったりします!?