6 お妃様、異国の王族に出会う
ロビンに案内され、会食の間へと足を踏み入れる。
何十人も席に着けそうな長テーブルに、着席するのは私たちだけ……かと思いきや、なんともう一組お客様がいた。
身なりの良い若い男女が、私たちより先に席に着いていたのだ。
そういえばロビンが、他にも滞在客がいるって言ってたっけ……。
やって来た私たちに気づいたのか、男性の方が驚いたように立ち上がる。
「もしや……アレクシスか? これは驚いた。久しいな!」
「貴殿は……ディミトリアスか。まさかこんなところで鉢合わせるとは」
立ち上がった男性は、親し気にアレクシス王子と言葉を交わしている。
おぉ、お知り合いだったんですね。さすがの王族ネットワークだ。
アレクシス王子は一歩後ろに控えていた私を促し、紹介してくれる。
「ディミトリアス、彼女は俺の妻、アデリーナだ」
「アデリーナと申します。お初にお目にかかります」
「ほぉ、彼女が君の妃か! 気が付いたら結婚していたというから驚いたよ」
そんな言葉に、私と王子は何とも言えず顔を見合わせた。
まぁ、私と王子が結婚に至るまではとんでもない経緯があったので、他の国の人からすれば「気が付いたら結婚していた」なんて状態なんですね。
これについては、エラの承諾を得る前に結婚式の準備を勝手に進めてた王子のせいなのですが……。
「まぁ、それはいいとして……アデリーナ。彼はわが国より東方に位置する《栄光の国》の王子、ディミトリアスだ」
「初めまして、アデリーナ妃。あなたのように美しい女性を妻にできたアレクシスは幸せ者ですね」
わぁ、すごいお世辞が来た!
息を吐くようにこういう言葉が出てくるのは、さすが王族といったところでしょうか。
アレクシス王子も、得意げにする場面じゃないと思いますよ! どう聞いても社交辞令です!
「えっと……ディミトリアス王子もお妃様といらしたのですか?」
「いえ、僕の方は婚約者と共に。……ヘレナ」
ディミトリアス王子に呼びかけられ、彼の隣に佇んでいた女性が優雅にお辞儀をして見せる。
何というか……涼やかな目元に、真っすぐに伸びた艶やかな髪が印象的な、すごくクール系美人な御方だ。
まさにお妃様! という、思わず平伏したくなるような高貴なオーラがにじみ出ている。
なるほど……普通王族のお相手ってこういう女性なんですよね。
感心する私の前で、ヘレナ様は優雅に口を開いた。
「……ディミトリアス王子の婚約者、ヘレナと申します。どうぞお見知りおきを」
それだけ言うと、ヘレナ様は黙りこんでしまう。
私の方から何か言った方がいいかな?
うーん、でも私みたいな庶民にしか見えない妃が、生粋のお妃様に気安く話しかけてもいいんでしょうか……。
迷っているうちに、パタパタとロビンがこちらへ飛んでくるのが目に入る。
「みなさ~ん、お待たせいたしましたー! 晩餐の到着でーす!」
そんな掛け声とともに、妖精たちがどんどんとテーブルに料理を運んできてくれる。
鮮やかな色を湛えるローズヒップのスープ。
様々な野菜やハーブに、砕いたナッツをまぶしたサラダ。甘酸っぱいラズベリーのソース付き!
焼きたてのパンに、バターやブラックベリーのジャム。
香り立つ鹿肉のパイに、エルダーフラワーをブレンドしたワイン。
デザートはチェリータルトやオレンジピールの砂糖漬け!
どれも絶品で、小さな妖精たちがえっちらおっちら大きなお皿を運んでくるの大変可愛らしい。
はぁ、お腹も心も満たされそう……。
「でも本当に、いきなり結婚したと聞いて驚いたよ。君は昔から『いつか必ず運命の相手が現れる!』ってうるさかったからね」
「うぐっ……!」
笑顔でアレクシス王子の古傷を抉るディミトリアス王子の声を聞きながら、私は料理に舌鼓を打ちつつ、こそっとヘレナ様を観察していた。
彼女は終始優雅な手つきでディナーを口にしており、時折話を振られた時に相槌を打つ程度だ。
真の貴人って、こういう感じなんでしょうか……。
よし、参考にさせてもらおう。
「お口に合いましたか~?」
「えぇ、とっても美味しかったわ。ありがとう」
パタパタと飛んできたロビンにお礼を言うと、彼は嬉しそうに私の肩に止まり、こそっと耳打ちしてくれた。
「本当は虫尽くしのディナーにするって案もあったんだけど、それ阻止したの僕なんですよ!」
ひぃぃぃ、妖精の食生活ってどうなってるの!?
もちろん、私は何度もロビンに礼を言った。
晩餐が終わり、部屋に戻る道すがら。
アレクシス王子がそっと私に声を掛けてくる。
「アデリーナ、明日のことなんだが……俺は少し所用があって一日不在にする。君は何でも自由にしてくれ。ロビンにはこのあたりの見どころを案内するように伝えてあるから、行ってみるといい」
「はい、わかりました……」
王子と一緒に観光する気満々だった私は、その言葉に少し驚きながらも頷いた。
うん、でも王子はここに何度も来たことがあるくらいだし、一人で行きたいところや会いたい人だっていてもおかしくはない。
……一緒に居られないのは少し、残念だけどね。
そう思ったのが、顔に出ていたのかもしれない。
王子が気遣わし気に、そっと私の頬に触れた。
「アデリーナ……」
ゆっくりと王子の顔が近づいてきて、私は反射的にぎゅっと目を瞑ってしまった。
いや、だっていきなりすぎて心の準備が……!
そっと前髪に触れられたかと思うと……その後は何もなし。
おそるおそる顔を上げると、王子はどこかからかうような顔をして私のことを見ていた。
「髪に何かの粉が付いていた。妖精たちの鱗粉かもしれないな」
…………なるほど、それを取ってくださったわけですね。
さすがはアレクシス王子。なんて親切なんでしょう。
それを私は……わあぁぁぁぁ勘違いして恥ずかしい!
「あ、ありがとうございます……!」
ちょうどここは私に宛がわれた部屋の目の前だった。
羞恥心のあまり涙目になった私は、そのまま部屋の中へ逃げ込もうとしたのですが――。
「待て」
肩を掴まれたかと思うと、くるりと王子の方を振り向かされて。
あっと思った時には、頬に柔らかな感触が。
「おやすみ、アデリーナ。良い夢を」
耳元でそう囁いたかと思うと、王子はくるりと背を向けて私の前から去っていった。
……後には、口づけられた頬の燃えるような熱さだけが残った。
「お帰りなさいませ、アデリーナさま。おや、どうかなさいましたか?」
「いいえ、何でもないの!」
真っ赤な顔で部屋に入った私に、部屋付きの花の妖精は不思議そうな顔をしている。
ぽふりとベッドに倒れ込んで、じたばた悶えながら、私は何とか彼女へリクエストを伝えた。
「リラックスして安眠できる香を、焚いてもらえるかしら……!」
「了解しましたー! ……ねぇロビン、あなたも帰りなさいよ」
あっ、そういえばロビンも一緒にいたんだった。
ということは、さっきの私たちのやりとりも彼に見られて――。
「はいはーい。そうだアデリーナ様、一個いいことおしえてあげますね」
ふわりと私の元まで飛んできたロビンが、にやにや笑いながら口を開く。
「さっきアレクシス王子が粉がどうとか言ってましたけど……あれ嘘ですよ。僕何度もアデリーナ様の前飛んでたけど、何もついてなかったですもん」
それじゃあおやすみなさーい、と軽い調子で、ロビンは爆弾発言を残して去っていった。
……ああもう!
これじゃあ、リラックスして安眠なんてできそうもないじゃない!




