5 お妃様、妖精王の城を堪能する
「わぁ、素敵……!」
ロビンが案内してくれた部屋にたどりついて、私は思わず歓声を上げてしまった。
宛がわれた部屋は広く、大きなソファやテーブル、鏡台やクローゼットなどの可愛らしい家具が備えてあった。
天上からはクリスタルのシャンデリアが吊るされていて、部屋の中を幻想的に照らし出している。
アレクシス王子のお城とはまた違った趣の、異種族の趣を感じさせる品々に思わず感嘆の声が漏れてしまう。
壁や柱、家具などには緑のツタが巻き付いていて、あちこちに綺麗な花を咲かせていた。
まるで、深い森の中にいるようだ。
私の部屋には部屋付きの妖精の女の子もいて、滞在中は世話をしてくれるとのこと。
わぁ、当たり前だけど私も王族待遇なんですね……。
「初めまして、アデリーナ様。この度世話役を務めさせていただくことになりましたので、よろしくお願いいたします」
丁寧に頭を下げたその妖精の背中からは、まるで蝶のように美しい羽が生えている。
わぁ、すごぉい……。
「初めまして、よろしくね。いろいろ教えてくれると嬉しいわ」
「はい、お任せください!」
その妖精の女の子の衣服や髪には、綺麗な花が飾られている。花の妖精さんなのかな?
この部屋の花の世話しているのも、彼女なんだとか。
「部屋のお香はどうされますか? 新婚さんだと伺いましたので、とびっきりロマンチックなムードが盛り上がるようなちょっと刺激的なものを――」
「リラックスできるものでお願いするわ!」
「かしこまりましたー」
新婚さん、なのかなぁ……?
駄目だ、恥ずかしい。思わず熱くなった頬に手を触れる。
私と王子が結婚してから、それなりに時間が経っている。
でも、その大部分は仮初めの妃としての時間であって、本当に想いが通じ合ってからはまだそんなに時間は経っていないのだ。
……正直言うと、今でも信じられない。
あのずっと憧れていたアレクシス王子が、まさか私のことを好きになってくださるなんて。
今まで恋人も婚約者もいなかった私にとっては、何もかもがまだ夢の中にいるようだ。
明日にでも「やっぱり君を愛してると言ったのは間違いだった」と言われるのではないかと、少し怖くなってしまうくらいに。
密かに照れていると、部屋付きの妖精が嬉しそうに声を掛けてきた。
「この部屋は、バルコニーからの景色も見事なんですよ~。見ます?」
「見たいわ!」
彼女に促されるままバルコニーに出れば、周囲の景色が一望できた。
妖精の郷は自然あふれる場所で、周囲には森や川や渓谷、それにぽつぽつと小さな集落の姿も見える。
美しい風景に感嘆していると、ふと気配を感じる。
見れば、バルコニーには私の部屋へとつながる扉の他にもう一枚扉があった。
その扉が開いたかと思うと、王子とロビンが現れたのだ。
そういえば、王子は私の隣の部屋だって言ってたっけ。聞けば私たちの部屋は続きの部屋になっていて、室内からでも行き来できるそう。
よかった、これで何かあっても安心だ。
「アデリーナさまも来てたんですね~。ほら、ここの景色って綺麗でしょ?」
「えぇ、とても綺麗ね」
「気に入ってくれたようで何よりだ。君が好きそうだと思って、ここを選んでよかった」
そう言って私に微笑む王子に、ついつい頬が熱くなってしまう。
王子、ちゃんと私のこと考えていてくださったんですね……。
「あっちに行けば水の精の泉があって、あっちに行くと広い花畑があるんですよ~。お暇になったら行ってみましょうか」
「お願いするわ、ロビン」
ロビンの話に相槌を打ちながら、私は明日以降の行程に期待に胸を膨らませていた。
おとぎ話のなかの妖精郷に、まさか自分が訪れる日が来るとは思わなかった。
人生、何が起こるかわからないものですね……。
「アデリーナ、そろそろ晩餐の支度をした方がよさそうだ。着替えが終わったら迎えに行こう」
「はいはい! お着換えはわたしがお手伝いしますね!!」
部屋付きの妖精さんにぐいぐい手を引っ張られるようにして、私は部屋へと舞い戻った。
そうですね、ここは妖精王のお城。晩餐のドレスコードもあるのかもしれない。
「というわけで、こちらのドレスに着替えてから晩餐に出席いただいてもよろしいでしょうか?」
「ありがとう、助かるわ」
そういえば、王子がいらないと言ったので替えの衣装は持ってきていない。
ドレスを貸してくれるというので、ありがたくそのお言葉に甘えるとしましょうか。
「アデリーナ様にはー、うん、これなんてどうでしょう!」
クローゼットを吟味していた妖精の少女が見せてくれたのは、淡い藤色のゆったりとしたロングドレスだった。
胸元や袖には小さな花があしらわれていて、とても可愛らしい。
「とても素敵ね。お願いするわ」
「はい、じゃあお着換えといたしましょう! それではアデリーナ様、こちらへどうぞ」
「えぇ、よろしくね」
そっとドレスに触れると、今までに感じたことのない不思議な手触りだった。
素材や織り方を聞いたけど、まったく私の知らない単語が飛び出てきて驚いてしまう。
妖精の文化って奥が深い。せっかく来たのだし、いろいろ勉強しなくては!