4 お妃様、妖精王に謁見する
「久しいな、アレクシス。相変わらずお前は可愛げがない」
「そんなものなくて結構。オベロン王もご健勝のようで何よりです」
王子は普通に会話をしているけど、私は突如現れた妖精王の存在に圧倒され、挨拶を交わすどころではなかった。
透き通るようなオパールグリーンの美しい髪が、風もないのにふわりとなびいている。
大自然を思わせるような深い緑の瞳は、魅入られたように目が離せなくなる。
整った顔立ちは人間とは少し異なる神秘的な雰囲気を醸し出していて、口から紡がれる声はまるで歌のよう。ずっと、聞いていたくなる。
私がぽぉっと惚けているのに気付いたのか、こちらを向いたオベロン王はとろけそうになるほど蠱惑的な笑みを浮かべた。
「ほぉ、この娘が件の妃か。そうか、我に会うのは初めてだったな。少し刺激が強すぎたか」
「もう少しオーラを抑えてください。あなたの纏う気は慣れていない人間には惑わしの毒です。アデリーナが帰れなくなったらどうしてくれるんですか」
「よいよい、その時は我とティターニアの愛し子として愛でてやろうぞ。……冗談だ、そう殺気を飛ばすな」
苦笑したオベロン王が、ぱちんと指を鳴らす。
その途端、まるで憑き物が落ちたかのように私ははっと正気に戻る。
「ご、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。アレクシス王子殿下が妃、アデリーナと申します!」
慌てて妖精王の足元に跪き、一息にそう告げる。
妖精王のあまりの美貌に見惚れて、挨拶を忘れるなんて……情けなくて穴があったら入りたい!
羞恥のあまり頭を深く下げると、ふと私の目の前にオベロン王が屈みこんだ気配がした。
かと思うとしなやかな指先が私の顎先に触れ、くい、と持ち上げられる。
「よいよい、よく顔を見せてみよ。ほぉ、これは……」
オベロン王が目を細めて笑う。至近距離に美形の妖精王!!
そのあまりの破壊力に、思わず顔が熱くなってしまう。
「面白い魔力を宿しているな。どれ、もっと我に見せ――」
「失礼ですが、彼女は俺の妃なので! あまり過度な接触は避けていただきたい!」
オベロン王がぐっと顔を近づけてきたかと思うと、私の体は勢いよく背後へと引き寄せられた。
そのまま私を支えて立たせてくれたのは、アレクシス王子だ。
王子はどこか苛立った様子で、オベロン王を睨みつけている。
だがオベロン王は意に介した様子もなく、にやにやとそんな王子を眺めていた。
「ふむ、随分と入れ込んでおるようだな。いつか必ず運命の姫を見つけて見せると豪語していたお前が、ついにその相手を見つけたということか」
からかうようなオベロン王の言葉に、王子はばつが悪そうに押し黙った。
……そうですよね。私、王子の運命のプリンセスじゃありませんから!
気まずくなってしまった空気を変えようと、私は慌てて口を開く。
「この度はこのような素敵な場所にお招きいただき、感謝いたします。ぜひ、王妃様にも拝謁させていただきたいのですが……」
「ふむ、ティターニアか。今すぐにでも会わせてやりたいのだが……あやつは気分屋でな。今は何か夢中になれるものが見つかったようで、どこぞをほっつき歩いておる。まぁよい、じきに戻るだろう。その時にでも声を掛けてやればあやつも喜ぶであろう」
どうやら妖精王のお妃様――ティターニア妃は不在のようだ。
残念なような、ちょっと安心したような……。
「この城を我が家と思いくつろぐがよい、アデリーナよ。不便があれば、すぐにでも世話役の妖精に申し付けるように。それでは、良い滞在を」
ゆったりとした雰囲気のままそう告げると、びゅう、と一陣の強い風が吹き抜ける。
思わず目を瞑って、再び開けた時には……妖精王の姿は掻き消えていた。
もしかして、機嫌を損ねちゃった!?……とおろおろしていると、王子が呆れたようにため息をつく。
「まったく、騒々しい……。アデリーナ、気にするな。妖精王と妃はいつ来てもあんな感じだ。相手のペースに飲まれないようにするのがここで過ごす時のコツだな」
「そうなのですか……」
「それよりも、今日は早朝から歩き通しで疲れただろう。ひとまずは、ゆっくり休もうじゃないか」
王子が労わるように、そっと私の肩を叩く。
すると妖精王と入れ替わるように、どこかへ行っていたロビンが謁見の間に入って来た。
「はいはーい、じゃあアレクシス王子とアデリーナ様をお部屋にご案内しますね~」
「えぇ、よろしくね」
緊張であんまり意識してなかったけど、たくさん歩いて疲れたのは確かだ。
よし、今日はゆっくり休もうかな。