3 お妃様、妖精王の宮殿へと足を踏み入れる
「今はちょうどアレクシス王子様たちの他に、別の国の王子様ご一行がいらしてるんですよ。仲良くしてくださいね~」
ロビンと名乗った妖精さんはパタパタとせわしなく羽を動かしながら、何でもないことのようにそう言った。
おぉ、私たちだけじゃなく他の王族の方もいらっしゃるのですか。
お妃様感ゼロの私が、舐められないといいなぁ……。
「そうか。……アデリーナ、そう心配することはない」
「は、はいっ!?」
王子、まさか私の心読めるんですか!?
……なんて驚く私に、彼はいたずらっぽく笑って見せた。
「君は間違いなく俺の妃だ。後ろめたさなど感じずに、堂々としていればいい。プリシラ王女のように君に対して何か悪しざまに言う者がいれば、すぐに教えてくれ。この俺が受けて立とう」
「…………ありがとうございます」
恥ずかしくなって小声でお礼を言うと、王子はくすりと笑う。
その様子を見て、妖精のロビンはにやにやと笑っている。
「ひゅーひゅー、お熱いですね~」
「蜜月だからな」
「あひゃ、ハネムーンでしたかー。アツアツですねぇ。あっ、そういえばアレクシス王子のリクエストも――」
「今その話はやめろ」
王子にばっさりと切られて、ロビンは「おぉ怖い」などと言いながら再び案内に戻った。
あれ、でも王子のリクエストって何だったんだろう。
ロビンが内容を知ってて、あそこで遮ったってことは、私に聞かせたくなかったのでしょうか……。
少しだけもやもやしながら歩いていると、ふとロビンが空中で止まったのに気が付いた。
「えっと……ここらへんかな」
そう呟いたかと思うと、ロビンは何やら聞きなれない言語で呪文のようなものを唱え始めた。
その途端、あたりの空気が変わったのを肌で感じる。ペコリーナも不安そうにフンフン鳴き声を上げた。
「なに……?」
「心配ない、妖精王の宮殿を隠している結界を解いているだけだ」
動揺した私を落ち着けるかのように、王子がそっと私の肩を抱きよせた。
そのぬくもりにほっと安堵したかと思うと、あれだけ周囲に漂っていた濃い霧がすっと晴れていく。
靄が取れて、鮮明になった景色に私は驚いて目を見張った。
消えたのは霧だけじゃなかった。
あれだけ鬱蒼と生い茂っていた木々までもが消えて、現れた道の向こうに……多くの尖塔がそびえたつ、石造りの立派な城が姿を現したのだ。
周囲を山に囲まれ、突如として現れたその孤高の城は、息を飲むほど美しかった。
「あちらが我らが妖精王――オベロン様の統治する宮殿でございます」
ロビンがうやうやしくそう告げたかと思うと、驚いた私を見てにやりと笑う。
「ほらほら、立派でしょ? 世話好きな妖精がたくさん棲んでいるから、アデリーナ様もゆっくりしてってくださいね~」
得意げなロビンは嬉しそうにパタパタと羽を動かしながら、私の周りを飛び回った。
いくつもの尖塔がそびえたつ巨大なその城は、あちこちに植物のツタのが絡みつき色とりどりの花を咲かせている。
人間の国ではお目にかかれないような独特の佇まいは、見惚れてしまうほどに美しい。
わぁ、妖精ってすごいんだぁ……。
お城へと続く石橋を渡り、ぐるりと城を取り囲む城壁の中へ足を踏み入れると、そこにはたくさんの妖精たちがせわしなく働いていた。
ロビンのように手のひらサイズの妖精もいれば、私たち人間とそう変わらないサイズの妖精もいる。
何故妖精ってわかるかって? だって、耳が木の葉みたいにとんがっているから!
昔絵本で見た通りの姿に、ここにエラがいたら大喜びするだろうなぁ……なんて考えて嬉しくなってしまう。
「ようこそいらっしゃいました!」
「妖精王のお城へようこそ~」
妖精たちは基本的に友好的で、あれこれ私たちの世話を焼こうとしてくれる。
厩舎にいったんペコリーナを預けて、いよいよお城の中へ。
ロビンに案内されてたどり着いた謁見の間は、周囲を美しいステンドグラスに囲まれた幻想的な空間だった。
きょろきょろと物珍し気にあたりを見回す私に、王子は嬉しそうに目を細める。
「人間の城とはまた違うだろう。気に入ったか?」
「はいっ! とても綺麗なところで……連れてきてくださって、ありがとうございます、王子」
王族とその伴侶しか入れない場所みたいだし……私が王子に出会わなければ、王子が誘ってくださらなければ、この場所にやってくる機会もなかった。
そう思うと、感謝してもしきれない。
「人間の住むお城とは、建築様式を始めとして様々な点で異なっているのですね。お城の照明も、キャンドルではなく発光する綺麗なクリスタルで……一つ記念に持ち帰りたいくらいの――」
「ほぉ、そんなに気に入ったのか」
「!!?」
不意に耳元で知らない声が囁いた。
私は驚きのあまり情けない悲鳴を上げて、その場で飛び上がってしまった。
心臓バクバクの私を抱き寄せながら、王子が私の背後に現れた人物に声を掛ける。
「……もう少し普通に登場できないんですか、オベロン王」
え、オベロン王って、妖精王の!?
いつの間に来たんですか!!?
慌てて振り返ると、王子と同じくらいの背丈の美しい妖精の男性が、面白いものでも見るような目で私を見ていたのです。