2 お妃様、小さな妖精に出会う
「それじゃあ行ってくるわ。留守の間をよろしくね」
「お任せください、妃殿下!」
あっという間に、妖精王の宮殿へと立つ日が来てしまった。
いつも私の離宮を支えてくれるみんなとも、少しの間はお別れです。
可愛いペコリーナは寂しくなってしまったのか、フンフン鳴いて瞳を潤ませていた。
ごめんね。少しの間だけお別れを……お別れを…………できないっ!
「王子! ペコリーナを連れて行ってはいけませんか!?」
「別に構わないが」
なんと、許可が出てしまった!
慌ててペコリーナの餌を準備して、あらためて出発です。
私と王子、それにペコリーナもトコトコかぼちゃの馬車……ではなく王家所有の立派な馬車に乗り込んで、いよいよ出発だ。
◇◇◇
さすがは王家所有の馬車。中は物凄く広いし、座席はふかふかだし、お城に来る前に乗っていた馬車とは違い、揺れもほとんどない。
床でくてんと足を崩したペコリーナは、うとうとと眠たそうに瞬きをしていた。
しかし私はペコリーナのように、のんきにお昼寝する気にはなれなかったのです。
「はぁ、緊張します……」
「そう気負うこともないさ。妖精王は正しい心を持つ者には寛大だ」
いえ、そういうことではなく……私のような庶民的な人間が、妖精王なんてご立派お方にお会いすること自体が緊張するんですよ!
生まれた時からやんごとない身分の王子には、なかなかその辺りの感覚が分かっていただけないようだ。
まあ、これはお互い様ですね。
「妖精の郷までもそれなりに日数がかかる。君も気を張りすぎず、リラックスして行くといい」
そういった王子は、言葉通りリラックスした様子だった。
普段は仕事に追われている彼のこと、こうやってのんびりできる時間は貴重なのかもしれない。
はぁ……私ももっと、王子を支えられるように頑張らなくては!
書庫の本で見た通り、野を超え山を越え谷を越え……長い旅を経て今、私の視界の先には広い広い森が広がっている。
うっかり迷い込んだら、二度と出てこられなくなりそうな気配がビンビン漂っています。
「あれが、妖精の郷へと繋がる迷いの森だ」
「迷いの森……」
「案内なしで入ると、森にとらわれ出られなくなる。一応言っておくが、君も案内なしに入ったりするんじゃないぞ」
「わ、わかりました……! ペコリーナも気をつけようね」
「フェッ!」
わわわ、なんて恐ろしい……!
間違ってもうっかり入らないようにしよう……。
「手前の村の宿で一晩泊まり、明日の朝森に入る」
「えっ、入るんですか!?」
私は遭難なんてごめんですよ!?
そんな思いが顔に出ていたのか、王子は苦笑した。
「案内があれば大丈夫だと言っただろう。明日の朝、案内が来るように手配をしてある」
あ、そうなんですか。早とちりしちゃって恥ずかしい……。
「明日は朝早くから出発だ。今日は早めに休むように」
「承知いたしました」
明日はいよいよ、妖精王の宮殿だ。
変な失態をしないように気を付けなければ……。
◇◇◇
そして迎えた翌朝、私達は森の入り口に立っていた。
鬱蒼と木々が生い茂る森の中は、日中でも深い霧が立ち込めており、本当に迷い込んだら出られなさそうだ。
「それでは殿下、我々はここでお待ちしております」
「妃殿下、どうかお気をつけて」
ここまで一緒に来てくれた人達にも、しばしのお別れを。
どうやら妖精の宮殿の入場審査は厳しく、本当に王族やその伴侶しか入ってはならないものらしい。
私の護衛騎士であるダンフォース卿にも、少しだけお別れですね。
ペコリーナは連れて行っても大丈夫なのか王子に聞いたところ、「おそらく大丈夫だろう」とのお答えが。
動物は別カウントなのかな?
「それでは行こう、アデリーナ」
「……はい、王子」
うーん、ずっと名前を間違えられていたせいか、ストレートに名前を呼ばれるとどうにも照れてしまう。
恥ずかしくてちょっと俯き気味に、私は王子に手を引かれるようにして森の中へと足を踏み入れた。
王子は迷うことなく、道なき道をずんずんと進んでいく。
心配になって後ろを振り返っても、ざわざわと木々が揺れるだけ。
もう見送ってくれた皆の姿は見えないし、帰り道なんてわかるはずもない。
ペコリーナも不安なのか、トコトコと足を進めながらも私の方へ鼻先を摺り寄せてくる。
……これ、本当に大丈夫なんですか?
そんな風に少し心配になり始めた頃、異変は起こった。
深く立ち込める霧の向こうに、チラチラと小さな光が見え隠れし始めたのだ。
「あれは……」
「迎えが来たようだ」
王子の言葉通り、その光はどんどんと近づいてくる。
そして、霧の向こうから現れたのは――。
「お待たせいたしました~! アレクシス王子とお妃様、2名様でよろしいですか~?」
わわっ、小さな妖精さんが現れた!
私の手のひらに乗るほどの小さな妖精の男の子が、パタパタと羽をはためかせ飛んでいたのだ。
その妖精の手には、中に光るクリスタルが入っている可愛らしいランプが握られている。
どうやらこれが、霧の向こうの光の正体だったようだ。
はぁ、それにしても小さな妖精さんはなんて可愛いのでしょう……。
「あぁ、間違いない。こちらは妃のアデリーナだ。それではオベロン王の宮殿へと案内を頼む」
「承知いたしました~、それではご案内でーす! あっ、ちなみに僕は案内役のロビンっていいます。どうぞお見知りおきを~」
「ア、アデリーナです! よろしくお願いいたします……!」
王子は普通に妖精と会話をしているけれど、ごくごく普通の凡人だった私にとって、妖精さんにお会いするのは初めての経験だ。
その可愛らしい姿に、ぽぉっと見惚れてしまう。
「ん? このモコモコした子は?」
「我が妃の愛馬のようなものだ。……馬ではないが」
「なるほど、ペット同伴ですか。別に構いませんよ~」
本当に、人形みたいに小さくて可愛い……!
お土産に持ってきたお菓子とか食べてくれるかな?
「どうした、アデリーナ?」
「いえ、今行きます!」
少し前を歩いていた王子が、心配そうに振り返る。
いけない、そわそわしていて置いて行かれたら大変だ。
私は慌てて、王子と妖精さんの後を追いかけた。