1 お妃様、王子様に旅行に誘われる
――『今は……君だけを愛してる。…………アデリーナ』
そんな情熱的な言葉を頂いた後、私と王子の関係は……あまり今までと変わらなかった。
まぁ、元々形だけとはいえ夫婦でしたからね。そんなものです。
プリシラ王女はお付きの者たちに慰められながら帰国していき、しばらく王宮でいろいろ騒動を起こしてくれたエラと魔法使いも、どこかの国で空飛ぶ海賊船が現れたという噂を聞いてすっ飛んで行ってしまった。
私は今までと変わらず、のんびり離宮暮らしを満喫中。
王子も足繁くこちらに通ってくださる。とりあえずは順調……なのかな。
そんなある日、のんびり私とお茶をしていた王子が唐突に告げたのです。
「少し先にはなるが……また旅行に行かないか?」
旅行……というと、以前連れて行っていただいた夏の離宮のように、どこかに私を連れてってくださるのでしょうか。
あの時は楽しかったなぁ。キノコ狩りとかキノコ狩りとかキノコ狩りとか満天の星空だとか。
王子がそう提案してくださってもちろん嬉しい。嬉しいんだけど……。
「でも、王子はお忙しいのでは?」
聞けば、夏の避暑地でも仕事に忙殺されていたという王子のこと。
気を遣ってくださるのは有難いけど、それで王子が苦しんでいたら本末転倒だ。
だが、そう告げると王子は得意げに胸を張る。
「いや、今度こそは本当の旅行だ。コンラートに死ぬ気でスケジュール調整もさせたからな」
「わぁ……」
ごめんなさい、コンラートさん。いつも無理を言ってすみません……!
でもそこまでしていただいたのなら、私が断るのも無粋な気がする。
楽しそうに旅立って行ったエラたちを見送った時、少し羨ましかったのも確かだ。
私だってたまには、王宮から離れてのんびり羽を伸ばしたいんですからね!
「是非、お供させていただきます。それで、今回はどちらへ行かれるのですか?」
「妖精王の宮殿だ」
「え?」
思わず聞き返すと、王子は胸を張って自信満々に答えてくれた。
「数多の妖精たちを束ねる妖精王、オベロンの統治する宮殿だ」
……どうやら、私をからかっているわけじゃないようだ。
妖精王って、おとぎ話には聞くけど……本当にいるんですね!
あぁ、エラちゃん。世の中にはまだまだ私たちの知らないことがたくさんあるのね……。
◇◇◇
「うーん、なるほど……」
王子に旅行の話を聞いて以来、私は時間があれば王宮の書庫へと足を運んでいた。
王太子妃である私には、かなり奥まで立ち入る権限が付与されている。
今まではどうせ期間限定の妃だし……ってことで遠慮していたけど、思い切って来てしまったのです。
何十冊もの書物を読み漁って、私はやっと王子が私をどこに連れて行ってくださるのか理解しつつあった。
私たちの住む《奇跡の国》を出て、野を越え川を越え谷を越えどんどん進むと……一度入ったら出られない、なんて言われている深い森が広がっている。
どうやら妖精王の宮殿は、その森の中に位置しているらしい。
しかし無粋な人間がぞろぞろと訪れたら妖精王だって疲れてしまうのだろう。
森には深い結界が張ってあり、選ばれた者――大抵の場合は各国の王族とその伴侶しか、出入りできないようになっているのだとか。
何しろ私は至って普通の人間。
困っていたってフェアリーゴッドマザーが助けてくれたことなんてないのです。
だから……そんなファンタジックな場所が本当に存在するなんてびっくりですよ。
「妖精王の宮殿、かぁ……」
手土産とか持って行った方がいいのかな?
でも妖精王って何食べるの? 朝露とか!? スミレの砂糖漬けとか食べてくれるかな?
駄目だ、さっぱりわからない。
もっと調べないと!
「妃殿下、あまり根を詰めすぎないでくださいね……!」
寝食を忘れる勢いで読書に没頭していると、王太子妃付きの侍女たちにも散々心配されてしまった。
はぁ、気になることはとことん調べつくす私の悪い癖が出てしまったようだ。