王子の秘書官、王子様とお妃様を観察する(9)
ダンフォースをダシに散々王子を焚きつけた結果、王子は妃殿下を夏の離宮への避暑へと誘うことができたようです。
まったく、そろそろビシッと決めて欲しいところですね!
夏の離宮は山や湖と言った自然に囲まれた場所にあり、夜は天気が良ければ満点の星空が見られる、我が国有数のロマンチックなスポットでもあります。
王子も見た目はいいのですから、いい雰囲気の中でバシッと迫れば妃殿下も落ちるでしょう!
……だというのに。
何故、離宮にやって来た初日から別行動!?
妃殿下はダンフォースと仲良く散策に出かけ、王子は私とゴードンと共にお仕事中。
いえ、私だって王子が精力的に執務に励んでくださるのはありがたいのです。
ですが……妃殿下を放置してまで仕事しろとまでは言いませんよ!?
「いやおかしいでしょ! 何で避暑地に来てまで仕事してるんですか!? バカンスに来たんじゃないんですか!!?」
「黙れゴードン、気が散る」
「やだー! ダンフォースは妃殿下と散策に行くって自慢しやがったのに! 俺は書類仕事の手伝いなんてやだー!!」
いつもはうるさいゴードンの戯言にも、今日だけは同意したい気分です。
まったく、何の為にわざわざ妃殿下を連れてここに来たのですか。
ここは、更に焚きつけてやる必要がありそうです。
「……おや、噂をすればダンフォースと妃殿下ですね」
ちょうど窓の外に、仲良く連れ立って歩いているアデリーナ妃とダンフォースを発見。
ここは、最大限に揺さぶりをかけてみましょうか。
「……ダンフォースが、適任かもしれませんね」
ぽつりとそう呟くと、予想通り王子は食いついてきました。
「適任とは?」
「妃殿下の次の嫁ぎ先ですよ」
「…………は?」
決定的な言葉を告げると、王子は信じられないと言った様子で目を見開きました。
……なるほど。いずれ離縁すると言っていた割には、実際にそうなった時のことは考えていなかったようです。
もう、それが答えなんじゃないでしょうか。
「王子殿下、あなたはいずれアデリーナ妃と離婚なさるおつもりなのでしょう? 正式に離婚すれば、妃殿下も別の相手と再婚することが可能になります」
だから、早くご自身の想いに気づいて、妃殿下を引き留めてください!
今ならまだ間に合うはずですから。
「ダンフォースならあなたと妃殿下の事情も承知しておりますし、妃殿下を無下に扱うこともないでしょう。彼は侯爵家の嫡男であり、侯爵夫人と言う地位も約束されている。それに……ダンフォース自身も、満更ではないようですしね」
仲良く歩いていく二人に視線を投げかけ、そう呟くと、王子は明らかに動揺した様相を見せました。
……まったく、そんなに動揺するならさっさと決めて欲しいところです。
「……少し、休憩にしましょうか。ゴードン、手配を頼みます。あなたの好きなデザートを選んで構いませんから」
「ウィッス!」
口が軽いゴードンがいては本音は話しづらいかと一時的に追い出し、室内の残ったのは王子と私の二人だけ。
ここが、勝負所でしょうか。
「……いつまでも意地を張っていては、大事なものを見落としますよ、王子。青い鳥は、意外と身近なところにいるものなのですから」
大きな箱よりも、案外小さな箱の中に幸せがあったりするそうです。
王子も、早く身近な相手の真価に気づくべきですよ。
偶然手にした宝石が極上のダイヤモンドだった。それで、いいじゃないですか。
しばしの間逡巡した様子を見せ、やがて王子はぽつりと呟きました。
「籠の中に、閉じ込めたくはないんだ」
思わぬ言葉に、私は思わず手にしていた書類を取り落としてしまいました。
王子はご婦人方が見れば黄色い悲鳴を上げそうな、苦悩の表情を浮かべていらっしゃいます。
……そうか。きっと王子は、私が思うよりもずっと真剣に妃殿下のことを考えて、悩んでいらっしゃるのでしょう。
私は、王子が自分の想いを自覚すれば何もかもが丸く収まると思っていました。
腐っても一国の王太子。王子が一声命じれば、たった一人の子爵令嬢を手元に置いておくことなど、どれだけ容易いことか。
ですが、きっとそうではないのでしょう。
王子は妃殿下を無理に自分の元に置いておくのではなく、彼女自身の意志で留まることを望んでいる。
私が思うよりもずっと、王子は立派な考えをお持ちでした。
でしたら、私は精一杯そのお考えを尊重させていただきますよ。
「だったら……振り向いてもらえるようにせいぜい努力することですね。はっきり言って第一印象は最悪だったでしょうから」
それでも、王子殿下は強さと優しさを兼ね備えた立派な御方です。たまに暴走するのが玉に瑕ですが。
真摯な想いで向き合えば、きっとアデリーナ妃にも伝わることでしょう。
「滞在最終日の夜は珍しく雲もなく星が綺麗に見える夜だそうですよ。どう転ぶにせよ、せっかくここに来たのだから妃殿下に御見せしたらどうでしょう」
せめてもの助力にそう伝えると、王子は深く頷かれました。
どうか王子の想いが妃殿下に伝わりますように、と祈りながら、私も静かに仕事を再開しました。