王子の秘書官、王子様とお妃様を観察する(8)
さてさて、本日は南の国の使節団の歓迎の宴の当日。
私もセッティングに関わった会場は華やかに飾り付けられ、視線の先では王子殿下と妃殿下が和やかに大使と談笑されています。
「コンラート、これめっちゃ美味い! お前も食ってみろよ!!」
「ゴードン、今は職務中です。食事は後になさい」
「ふむ、これは美味ですね。後でハムちゃんたちにも持って行ってあげよう」
「ダンフォース、お前もか。動物に人間の食べ物を与えるとお腹を壊す場合もあるので、十分注意するように」
南の国の料理が珍しいのはわかりますが、少しは節度をわきまえろ!
もうこの際、アホな護衛騎士×2は放っておきましょう。この場で大事なのは王子とアデリーナ妃……とくに、こういった公務は初めての妃殿下です。
今のところ、アデリーナ妃は少し緊張した様子は見られますが、問題なく王太子妃としての仕事を全うされています。
それにしても、随分と大使との会話が盛り上がっているような……。
何でもない振りをして少し近付くと、やっと二人の会話が耳に入ってきました。
……何やら、想像以上に専門性の高い会話が繰り広げられているようです。
目を輝かせた妃殿下の口から飛び出すのは、私も小耳にはさんだことあるかないか程度の、南の国の歴史や文化についての詳しい話。
矢継ぎ早に飛び出すその言葉に、大使はすっかり気を良くしているようです。
普段はたおやかな妃殿下の思わぬ一面に、私はたいそう度肝を抜かれました。
大使相手の会話は王子に任せて、妃殿下は王子の隣で微笑んでいてくだされば何とかなると思っていましたが……まさか、こうなるとは。
王子も呆気にとられたのか、穴が開くほど妃殿下のお顔を凝視されています。
……いやいや、一応歓迎の場なのだから、王子はもっと大使の顔見てくださいよ。
しかし、これは嬉しい誤算です。
元々アデリーナ妃は王太子妃として必要な教養を兼ね備えていらっしゃる方だとは思っていましたが、まさかここまでとは。
これはますます、手放すわけにはいきませんね……!
王子と一曲踊った直後、我先にと大勢からダンスを申し込まれ狼狽する妃殿下。
妃殿下に群がる男たちを静かに牽制しつつも、よく見ると嫉妬が隠せていない王子殿下。
そんな二人を眺めながら、私は如何にしてアデリーナ妃を王子の元へと繋ぎ止めるかの策を巡らせておりました。
◇◇◇
この一件で、妃殿下は一躍社交界の注目の的となりました。
貴族たちはこぞって妃殿下と親交を結ぼうと躍起になり、彼女の元には常に招待状が絶えないようです。
「妃殿下の人気は凄まじいですね。私も毎日毎日妃殿下に取り次いでくれと声を掛けられっぱなしですよ」
「いいかコンラート、分かっているとは思うが変な奴をピコリーナに近づけるなよ。純真なマンダリーナが狡猾な狸どもに騙されるのは我慢ならん」
「重々承知しております、王子殿下。それと、妃殿下のお名前はピコリーナでもマンダリーナでもなくアデリーナ様です」
「トルティーナだろう? 今更何を言うんだ」
……そろそろ、私も妃殿下や周りの者を見習ってスルー体制に入るべきですかね?
それはそうと、ここで王子の嫉妬心を煽っておきましょう。
「たび重なる夜会やお茶会への出席で、妃殿下は随分とお疲れのようですね。まぁ、ダンフォースがしっかり支えているようなので大丈夫かとは思いますが」
「…………ダンフォースが?」
よし、食いついてきた。
王子は書類をめくる手を止めて、若干不機嫌そうな声でそう問われました。
おやおや、随分気にしていらっしゃるようで。
「えぇ、ダンフォースはただの護衛というだけでなく、精神的にも妃殿下を支えているようです。離宮の侍女たちの話によると、二人はいつも仲睦まじく過ごしていらっしゃるとか」
いかにも思わせぶりに、私はそう口にしました。
何も嘘をついているわけではありません。
妃殿下とダンフォースの仲が良いのは事実です。
動物でも人間でも小物でも「かわいい」が大好きなダンフォースのこと。
彼にとっては妃殿下も「かわいい」の対象に入るらしく、日々精力的に妃殿下の世話を焼いているようです。
まぁ今のところ王子が心配するような恋愛感情ではなく、趣味の合う友人や同好の士といった感情なのでしょうが。
妃殿下の方は言わずもがな。ダンフォースを頼ってはいるものの、彼に恋慕しているなんてことはないでしょう。
ですが、この二人の仲の良さは王子にとっては脅威になるようです。
だったら、思いっきり焚きつけてやるまで。
まったく、早く自覚してくださると良いのですが……。
「……午前中でこの仕事を片付ける。午後は妃の元へ訪問する準備を」
「この仕事の量では無謀では? 無理はなさらずに明日にでも――」
「いや、今日だ。いいから早く準備を進めろ」
「……承知いたしました、王子」
そう言うやいなや、王子は物凄いスピードで書類をさばいていきます。
どうやらダンフォースを餌に焚きつけるのは随分と効果があるようですね。
王子のスピードに負けないように仕事の処理を進めながら、私は内心で笑いが止まりませんでした。