王子の秘書官、王子様とお妃様を観察する(7)
さてさて正式にアデリーナ妃の騎士も決まり、王子もたびたび彼女の元を訪れるようになりました。
離宮の侍女たちの報告書を見る限り、アデリーナ妃とダンフォースは日々仲良くパンを焼いたり、お菓子を作ったり、牧場の動物たちの世話をして過ごしているようで。
……ダンフォースの職業は騎士だった気がするのですが、まぁ本人がそれでいいのならよしとしましょう。
アデリーナ妃は喜んでいるようですしね。
そんな中、南の国の使節を我が国に迎え入れることになり、王子の名のもとに歓迎の宴を開くことになりました。
外交は王族の大切な公務の一つ。
それに……もしかしたらこれは使えるかもしれません。
「王子、歓迎の宴にはアデリーナ妃にも出席していただいてはどうでしょうか」
そう提案すると、書類とにらめっこしていた王子が驚いたように顔を上げます。
「アマリアーナが?」
「王子、妃殿下のお名前はアマリアーナではなくアデリーナ様です」
「だからアンネリーナだろう?」
……また始まった。
運命の相手(仮)であったエラ嬢に逃げられて、代わりにアデリーナ妃を娶ったことが不服なのはわかります。
ですが! いつまでもへそを曲げて、わざと名前を間違えるなんてガキ臭いことはやめて欲しいですね!
王子がわざと名前を間違えるたびに、こうして注意しているのですが、その度にしらばっくれる始末。
……仕方ない。このままだと話が進まないので、名前の件はいったん置いて先に進めるとしましょうか。
「とにかく、王子がご結婚されたことは諸外国にも伝わっております。通常、諸外国の使節を受け入れるような大規模なレセプションでは、既婚の王族は夫婦そろって出席するのが習わしです」
「う……」
「新婚早々王子の隣に妃殿下がいなければ、どんな理由をつけようとも不審がられ、後々の外交政策へ影響を及ぼすことも懸念されます。形だけでも、妃殿下を伴うべきかと」
「…………そうか」
一気に畳みかけると、王子は観念したようにため息をつかれました。
今までは「宮廷へやって来たばかりで妃も不安だろうから、少しの間だけそっとしておいてほしい」という名目で、妃殿下の公務への出席は控えていました。
ですが、そろそろ苦しくなってきているのも事実です。
人々が変な噂を立てないうちに、少しずつ妃殿下に表舞台に出てもらうべきでしょう。
こんこんとそう説得すると、王子も納得されたのか頷きました。
「そうだな、エステリーナにも話してみよう」
「王子、妃殿下のお名前はアデリーナ様です」
「ユリアーナだろう? いったい何を言っているんだ」
いやいや、あんたこそ何言ってんだよ。
◇◇◇
妃殿下は随分と恐縮されていましたが、王子の有無を言わさない圧により無事に(?)レセプションへの出席が決まりました。
作法も教師も手配して、着々と準備は進んでおります。
王子も妃殿下の様子が気になるのか、以前にも増して彼女の元を訪れるようになりました。
おやおや、随分と気にかけていらっしゃるご様子で。
そんなに気になるのなら、わざと名前を間違えるのもやめて欲しい所ですか……。
「調子はどうだ、ニドリーナ」
今日もドヤ顔で名前を間違えながら、妃殿下のレッスンに乱入する我らが王子殿下。
既にアデリーナ妃や周りの者は、王子の間違いをスルー体制に入っているようです。
臨機応変は大事ですね。
場の様子を見る限り、どうやら今はダンスのレッスンのお時間だったご様子。
「妃殿下の腕前を確認させていただくのに、どなたかに男性パートをお願いしたいのですが……」
教師を務める伯爵夫人がそう口にすると、きょろきょろと周囲を見回した妃殿下は、壁際に控えるダンフォースを指名しました。
ふむふむ、二人は中々親密な間柄になったようですね。
……なんてことを考えた時、私の横から何故か王子が足を踏み出しました。
「……ニドリーナ。君の夫はこの俺だろう? 俺の手を取ってはくれないのか?」
そんなことを言って、王子はねちっこくアデリーナ妃に絡み始めたのです。
……おや、おやおや?
これはまさか、アデリーナ妃とダンフォースが踊るのが気に入らなかったのでしょうか?
視線の先で、ゆっくりと王子と妃殿下が踊り始めます。
少しのぎこちなさは残るものの、徐々に洗練されていくステップ。
「中々じゃないか、フィオリーナ。今の君なら公的な場に出しても、ひどい失敗はしないだろう」
そんなことを言いつつも、満足げな笑みが隠せていない王子。
ふふん、なるほど。
これは……やはりいけるかもしれませんね!
私はずっと前から、アレクシス王子のお妃様選びに振り回されてきました。
アデリーナ妃と離縁した後に、王子がおかしな女性を迎え入れては目も当てられません。
その点アデリーナ妃は一見地味ですが、淑女として申し分のない作法や教養を持ち、それに意外と肝の据わった女性です。
私としては……彼女のような女性が妃の座にいてくだされば万歳なのです。
王子はアデリーナ妃を気に入っている。他の男に取られたくないと思うくらいに。
先ほどのダンフォースとの様子から見ても、これは間違いないでしょう。
ですが、彼女と結婚した事情が事情なだけに、その想いを認められないようです。
このままでは、王子が自覚する前にアデリーナ妃に逃げられてしまう……。
そうならないために、私が一肌脱がなくては!
ちらりと壁際に控えるダンフォースに視線を遣ると、彼は不思議そうに首を傾げました。
……許せ、ダンフォース。
王子にアデリーナ妃への想いを自覚させるには、適度に王子の嫉妬心を煽っていくのが有効なようです。
その為に、ダンフォースには尊い犠牲になってもらいましょうか。