王子の秘書官、王子様とお妃様を観察する(5)
さてさて迎えた翌日。
王子の気が変わらないうちに、私と王子はお妃様の元へと向かいます。
ちなみにゴードンの奴は有給休暇を取得しており不在で、王子の護衛には別の騎士が付いております。
まぁ、うるさい奴がいなくてせいせいするといったところでしょうか。
森を切り開くようにして建築された我が王宮の敷地は広大で、妃殿下のお住まいになる離宮へも馬車で移動しなければならないほど。
特にこれから向かう離宮周辺はまだ開発途中で、手つかずの森や草地などが広々と広がっております。
あの報告書の内容からすると、妃殿下にとってはそれが好ましいようですが……。
やっとたどり着いた離宮へと赴くと、なんと妃殿下はご不在でした。
なんでも日課の散歩に出られているとか……。
おやおや、これはきちんとアポを取らなかったこちらの落ち度ですね。
「仕方ありませんね、王子。ここで待たせていただき――」
「いや、この近くにいるのだろう。迎えに行こう」
……!?
まさか、王子自らお迎えに行かれるとは……。
これは良い兆候です。王子にも、何か思う所があったのかもしれませんね。
「い、いえ……王子殿下にご足労いただくなんて……」
「俺が自ら向かうと言っているのだ。何が問題だ?」
何故か侍女たちが焦り気味なのが気になりますが、こうなったらもう頑固な王子は止まりません。
すたすたと歩きだした彼を追って、私も離宮の外へと向かいます。
すると、おや……道の向こうに見える姿は……。
「あれは……妃殿下、でしょうか?」
「そのようだな……?」
さすがの王子も疑問形。それもそのはずです。
遠くにいらっしゃる妃殿下は、馬のような羊のような……よくわからないモコモコとした動物に騎乗していらっしゃるのですから。
……?
…………??
いったいあれは、何なのでしょう……?
王子も不思議に思ったのか、ずんずんと彼女の方に足を進めていきます。
「妃殿下、大変です!」
「どうしたの?」
「それが、王子殿下がこちらにいらっしゃいまして……」
「えっ!?」
一人の侍女が、慌てたように妃殿下に駆け寄り声を掛けています。
おやおや、妃殿下も随分と慌てていらっしゃるようで。
「急いでお出迎えの準備を――」
「その必要はない」
王子がそう口にした途端、妃殿下の動きがぴしりと止まりました。
恐る恐ると言った様子でこちらに視線をやる彼女の姿を見て、私もやっと彼女の焦燥の理由を悟ります。
あぁ、そういうことでしたか……。
謎の動物に騎乗した彼女は、ドレスではなくまるで村娘のように身軽な衣装を身に纏っています。
もちろん、ティアラもネックレスなどの宝飾品もつけてはいないようで。
何も知らない者が見れば、とても一国の王太子妃だとは思わないでしょう。
それにしても……報告書にあったように、彼女は思う存分に自分のライフスタイルを貫いているようですね。
まさか王子がいらっしゃるとは露ほどにも予想していなかったのが、手に取るようにわかります。
だからもっと気にかけろと言ったのに、これはあなたの怠慢ですね、王子。
「フェ~?」
凍り付いたような空気の中、妃殿下の騎乗する謎の動物だけが不思議そうに、気の抜けるような鳴き声を発しています。
さてさてこんな状況で……私は柄にもなく愉快な気分になってきました。
我らが王子殿下はいったいどうなさるのでしょう。
王太子妃にあるまじき行動だと妃殿下を叱るのでしょうか。自分のトンデモ行動は棚に上げて?
それとも……何も見なかった振りをして帰り、今まで通り彼女の存在を無視するのでしょうか?
しかし、そんな私の予想を無視して、王子は妃殿下へと歩み寄りました。
「……随分と、愉快なことをしているな」
「お見苦しい姿を、大変失礼いたしました」
「いや、構わない。この生き物は馬か? 羊か?」
「アルパカといいます。毛並みがすごくモコモコで……王子殿下もモフられますか?」
「……お言葉に甘えるとしよう」
なんと……ご婦人ご令嬢方には「クール系な氷の王子」で通ってる王子が!
一心不乱にアルパカなる動物の毛並みをモフモフしている~!!?
何とシュールな光景なのでしょうか……。
私は至極真面目な表情を保ったまま、爆笑したいのを肩が小刻みに揺れる程度で何とか堪えていました。
ぎこちない空気のままアルパカをモフる王子と妃殿下。
そこで私は気が付きました。
あぁきっと……二人ともこのまさかの状況にテンパっているのでしょう。
ある意味、似た者同士なのかもしれませんね。
しかし、幼い頃からお仕えする私でさえ、こんな王子の姿を見たのは初めてかもしれません。
それだけアデリーナ妃は、王子の心を動かす何かを持っていらっしゃるのかもしれませんね。
「フーン♪」
王子に撫でられて嬉しそうに鳴くアルパカの声を聞きながら、私はどこか期待を抱かずにはいられませんでした。