王子の秘書官、王子様とお妃様を観察する(3)
……大変なことが、起こってしまった。
「いいか、何としてもあの姫君を見つけ出せ。草の根を分けても探し出すんだ!」
焦燥感をあらわにそう告げる王子に、私は反対することなど出来ませんでした。
あの舞踏会の夜に彗星のように現れ、幻のように消えてしまった美しい姫君。
まさかそんな物語の中のような出来事が実際に起こるとは……。
私は王子の長年の夢がかなったことに、驚きを隠せませんでした。
ですが、これもきっと運命なのでしょう。
あの日の舞踏会の招待状のリストを元に捜索班を編成しながら、私は王子の為に絶対に例の姫君を見つけ出そうと誓ったのです。
ですが、まさかあんなことになるなんて……。
◇◇◇
「ぜーんぜん見つかんねぇの。なぁ、コンラートは本当にそのお姫様が実在すると思ってんの?」
「あなたもその目で見たでしょう、ゴードン。王子のお探しの姫君は、確かに存在するはずです」
「でもさぁ、こんだけ騒ぎになってるのに出てこないのおかしくね?」
執務室のソファでごろごろするゴードンを注意しつつ、私は頭を悩ませながら捜索リストを手に取りました。
あれからかなりの人数を動員して王子の運命の姫君を探していますが……、何故か、いっこうに見つからないのです。
大々的にお触れも出しており、そろそろ例の姫君が名乗り出ても良さそうなのですが……。
捜索リストも残り少なく、このままでは本当に見つからない可能性も――。
「うわっ」
「え、どったの?」
リストを目で追いながら思わず声を上げてしまった私に、ゴードンも振り返ります。
「次に王子殿下が向かう家は……アルランド子爵家です」
「アルランドってあの……婚約クラッシャーの? あはは、王子適当に丸め込まれて、あの極悪姫を娶らされそう」
「笑い事じゃねぇんだわ! まったく……いいでしょう、次は私も同行します」
アルランド子爵家といえば、舞踏会の始まる前に無理やり王子の元へ向かおうとしたあの強引なご令嬢がいらっしゃるはずです。
彼女であれば、何か姑息な手を使うことも考えられる。
私が同行して、しっかりと見張らなければ。
……そういえば、あの時は彼女の姉妹のおかげで何とか被害を未然に防ぐことができたのだった。
万が一にでもあの穏やかなご令嬢の足に、ガラスの靴がぴったりとはまれば……きっと今後の私の仕事も楽になりそうですが。
「まぁ、世の中そううまくはいきませんよね」
◇◇◇
たどり着いたアルランド子爵邸にて。
私が目を光らせていたおかげで長女の不正は何とか阻止でき、次女は一瞬足を入れただけで諦めてしまいました。
それで終わりかと思いきや、次に次女が呼んだのは亡きアルランド子爵の忘れ形見の三女でした。
使用人と見紛うようなみすぼらしいその姿は、とても舞踏会に現れた美しい姫君とは似ても似つきません。
ですが王子が渋々彼女の足へガラスの靴を履かせた途端、ガラスの靴はぴったりと彼女の足にはまってしまったのです。
その瞬間、私は今までにないほどに感動を覚えました。
正直私は、王子の「いつか運命の姫が現れるはず」という類の言葉を妄言だと決めつけておりました。
ですが、きっと王子には昔からわかっていたのでしょうか。
いつか、こんな時がやって来るのを。
さすがは我らが王子殿下。
これで、文句なしのハッピーエンドが訪れると思いきや……。
「ごめんなさい、王子様! 私やっぱり、魔法使いさんが好きなんです!!」
突如乱入してきた謎の不審者!
その不審者に抱き着く王子の運命の姫!!
そして……窓ガラスを破壊しながら遥か彼方へ飛び去って行った二人!!!
私はただぽかんとして、あっという間に煙のように消えてしまった二人を眺めることしかできませんでした。
……いやいや、どうしてこうなった!
「おい、どうするんだこれ……」
「もう『王子が運命の相手を見つけた』って城に伝書鳩を送ってしまったんだが……」
「このまま手ぶらで帰れば、末代までの恥だぞ……!」
ほんとですよ!
どうするんですかこの状況!!
あまりに訳の分からない状況に、ただの同行者である私でさえキレ散らかしたくなるほどです。
ですが、何とか深呼吸をして平静さを取り繕います。
だって……きっと今一番いたたまれない思いを抱いているのは、アレクシス王子のはずですから。
とにかく何とかこの場を収め、いったん城に引き返すべきでしょう。
私がそう提言しようとした、その時――。
「この娘を連れて帰る」
そう言って王子が手を掴んだのは、かつて私が舞踏会で案内したご令嬢――アデリーナ嬢でした。
なるほど。ここでアルランド子爵令嬢のどちらかを連れて帰れば、王子の面子は保たれますね。
しかもとっさに無害そうな方を選ぶとは、さすがは我らが王子殿下。賢明なご判断です。
…………なんて言いませんよ!?
何やってんですか!!
「お、王子……よくお考え直しください……!」
「うるさい。コンラート、早く城に戻って挙式の準備を進めろ。これは命令だ」
私は必死に止めようとしましたが、王子は聞く耳を持ちませんでした。
昔から頑固な王子のこと。こうなったらてこでも動かないでしょう。
はぁ……本当に、どうしてこうなってしまったんだか。
私は巻き込んでしまったアデリーナ嬢に心からの謝意を込めて頭を下げつつ、自身の無力さをひしひしと実感しながら城へと戻るしかありませんでした。
新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
秘書官による王子とお妃様観察日記はもうちょっと続きます。
新婚旅行編も現在進捗率70%くらいまできたので、またぼちぼち投稿していきたいと思います!