王子の秘書官、王子様とお妃様を観察する(1)
本編の少し前の時間軸から始まります。
がたごとと音を立てながら、馬車はのどかな田舎道を進んでいきます。
窓の外を流れていく景色を眺めながら、私はしばしの間の穏やかな時間を楽しんでおりました。
あぁ、申し遅れました。
私は、アレクシス王子殿下の首席秘書官を務めております、コンラートと申します。
王子殿下とは幼少のみぎりより友誼を結ばせていただいており、いわゆる幼馴染とでもいうべき関係です。
本日は王子殿下が国境近くの町の視察を行うことになり、私と王子の護衛騎士であるゴードンは王子の公務に同行している最中です。
無事に視察は終わり、後は王城に帰るのみ。
王子はじっと窓の外を眺めており、その隣のゴードンは……あいつ、職務中なのに寝てやがる……!
「起きなさい、ゴードン。仕事中ですよ」
軽く頭を小突くと、涎を垂らして間抜けな顔で寝ていたゴードンは慌てたように飛び起きました。
その拍子に馬車の天井に頭をぶつけるとは……本当に王子殿下の護衛がこんな間抜けな奴で大丈夫なのでしょうか……。
「職務中はきちんと専念なさい。そんな風だと他の騎士たちから『コネ推薦野郎』などと陰口を叩かれてしまいますよ」
「はぁ? それ言われてたのお前じゃん」
「だからこそ、あなたも気をつけなさいと言うのです」
……不服そうな顔をするゴードンに、私は頭が痛くなる思いでした。
ゴードンの母はアレクシス王子の乳母を務めており、王子殿下とはまさに兄弟のような間柄。不本意ながら、私とも幼少時より交流が続いております。
今は二人そろって王子の側近として取り立てていただいておりますが、だからこそ我々はもっと精進しなければならないのです。
我らが王子を、お支えする為に。
アレクシス王子はこの国の王太子。将来は国を背負って立つ御方です。
その双肩にのしかかる責務は重い。
だからこそ、私とゴードンはそんな殿下を支えようと誓ったわけですが……。
このアホは早くも気が抜けているようで困ります。
「あなたも少しは王子殿下を見習いなさい。今日の公務もご立派にこなしておられたでしょう」
アレクシス王子は国を背負う王太子の地位に恥じない、立派な御方です。
知勇兼備にて眉目秀麗。その怜悧な美貌は、国内外を問わずご婦人方を魅了してやまないとか。
毎日毎日山のように縁談の申し出がありますが、本人としてはいっこうに身を固めるおつもりが無いようで。
まぁ、それがある意味私の悩みの種でもあるのですが……。
ちらりと王子を見やると、先ほどと変わらずじっと窓の外の景色を見つめておられます。
何か気になるものでも――と問いかけようとした刹那、王子はすっと目を細めて仰いました。
「馬車を止めろ」
すぐに、御者は命令に従い馬車を止めました。
あたりに緊迫した空気が漂い、先ほどまでのんきに欠伸をしていたゴードンも剣の柄に手をかけ、ピリピリとあたりを警戒し始めました。
「殿下、いったい何が……」
緊迫した馬車内の空気とは裏腹に、馬車の外は変わらずのどかな田舎の風景が広がるのみです。
賊や獣が現れたということもなく、助けを求める臣民の姿も見えません。
だとしたら、王子殿下はいったい何を見つけて……。
「コンラート、あそこの森を見ろ」
「はぁ……?」
王子の言葉に従い、窓の外に視線を遣ると……少し離れたところに、小さな森が広がっておりました。
特に特筆することもないような、どこにでも存在する森にしか見えません。
不思議そうに首をかしげる私に、王子は期待に瞳をきらめかせて仰いました。
「あの森に……俺の運命の姫がいるような気がするんだ……!」
…………は?
「ほら、鈴を転がすような美しい歌声が聞こえてこないか?」
「聞こえませんね、幻聴です」
「森の奥深くに、美しい姫が閉じ込められている塔があるかもしれない!」
「いいえ、そんなものが存在すればここからでも視認できるはずです」
「継母に追い出されて小人の家に身を寄せた姫が――」
「んなワケねぇだろ現実見ろや」
「コンラート、口調口調」
ゴードンに指摘され、私は思わず頭を押さえました、
あぁ、頭が痛い……。
アレクシス王子は尊敬に値する立派な方です。
なのですが……一つ、致命的な欠点が。
いい年して「いつか物語のように運命の姫が目の前に現れるはず」という、滑稽な幻想を捨てきれていないのです……!
「今行くぞ、運命のプリンセスよ!」
「あっ、待ってくださいよ王子~」
遂に馬車を飛び出した王子を、慌てたようにゴードンが追いかけていきます。
はぁ……何もかもが素晴らしいアレクシス王子が、何故恋愛面だけはあそこまでこじらせてしまったのでしょうか……。
毎日山のように届く縁談の申し出には目もくれず、運命の相手が空から降って来るのを待っているとは……。
方々から「うちの娘を王子の妃に……!」とせっつかれる私の身にもなって欲しいものです。
「次の舞踏会で、王子のお眼鏡に適う御方が現れるとよいのですが……」
国王陛下もしびれをきらして、王子の結婚相手を選ぶための舞踏会が催されることになっております。
もし、その場で気に入る相手が見つからなければ……おそらく、近々同盟を結ぶ西国の王女が輿入れすることになるでしょう。
「あの我儘姫は勘弁願いたいものです……」
どうせ仕えるのなら、お妃様となる御方も王子のように尊敬のできる御方でなければ。
しばらくした後……意気消沈した様子の王子と、そんな王子を慰めるゴードンがこちらへ戻ってくるのを眺めながら、私はため息が止まりませんでした。
続きます。