王子様 アルパカに名前を付ける(2)
「アルパカに……名前を……?」
「はい、アルパカです」
「…………???」
俺が戸惑っていることに気が付いたのだろう。
妃は慌てたように付け加えた。
「それがですね、深い事情がありまして……」
彼女の話によると、少し前にここにアルパカを飼っている者たちを集めて、アルパカ同士の顔合わせ(?)を行ったそうだ。
アルパカトークも盛り上がり、妃の提案で王宮の庭園の一角を使って「アルパカダービー」なるアルパカのレースも開催が決まったとか。
……たまに思うのだが、俺の妃は変なところで思い切りがいいようだ。
「あっ、庭園の使用許可はきちんととりましたのでご安心ください」
「いや、それはいいのだが……何故、そこで名前の話になる?」
「それがですね……アルパカダービーに出場登録するには、アルパカちゃんに固有名が必要になるんです」
「なるほど。どのアルパカもアルパカには違いがないからな。識別可能な名前が必要になって来るということか。だがそれなら、俺よりも君がつけてあげた方が喜ぶのではないのか?」
あのアルパカは妃によく懐いている。
天気のいい日には、彼女がアルパカの背に乗り離宮の周りをトコトコ散歩する姿を、よく目にすることができるのほどなのだ。
たまに顔を出す俺よりも、彼女自身がつけてやった方がいいと思うのだが……。
そう口にすると、彼女はどこか悲しそうに眉尻を下げた。
「それが……私、ネーミングセンスがないんです」
「ん?」
「いくつか案を出したのですが、侍女たちに物凄い勢いで却下されまして……」
ちらりと妃の背後に視線を遣ると、控えていた侍女たちが縋るように俺に視線を送って来た。
「殿下、何とかしてください!」という必死な声が聞こえてくるようだ。
……それほどまでに、皆に反対されるネーミングセンスとは一体――。
「……参考までに、君の考えた名前の候補を聞かせてもらえないだろうか」
「はい。私が考えましたのは、アル江、ルパ子、パカ美……」
……なるほど、理解した。
確かに、その……彼女のネーミングセンスは、少々独特なきらいがあるようだ。
キラキラネーム……いや違うな。とにかく、もう少し傾向を変えた方がいいだろう。
「ま、まぁ……名前というのは重要なものだからな。あまり個性的過ぎると他のアルパカと並んだ時に浮くかもしれない」
「そうですよね……! 私も、他のアルパカがいるときにあの子の名前を呼んで、あの子が恥ずかしい思いをしたらどうしようかと思って……」
……そこまで大げさに考えることだろうか。
と言いたかったがやめておいた。
アルパカのことで頭を悩ませる妃もまた愛らしい。
ここは彼女の夫である俺が、一肌脱いでやろうではないか!
「わかった。名前を付ける前にもう一度あのアルパカに会ってもいいだろうか」
「はい、案内いたしますね!」
◇◇◇
「フェ~♪」
牧場につくとすぐに俺と妃の姿が見えたのか、件のアルパカがトコトコと嬉しそうに近寄ってくる。
そのふかふかの毛並みを撫でながら、俺は思案した。
ふさふさの毛は手入れが行き届いており、純白の輝きを放っている。
スノーホワイト……いや、さすがに安直すぎるか。他のアルパカの名前と被る危険性もあるだろう。
スノーホワイト1号、スノーホワイト2号なんて呼ばれるアルパカは可哀そうだ。
「王子、ちなみにこの子は女の子です。お忘れなきように」
「やはりそうか」
妃の名前候補を聞いた時点でなんとなくわかっていたが、このアルパカはレディだったようだ。
かつて勇ましく戦った英雄たちの名前を付けようとかとも思ったが、きっと妃に跳ねのけられるだろう。
「他のアルパカはどんな名前になるんだ?」
「私が聞いた範囲ですと、ブランディーヌ、エロイーズ、オーギュスタン……」
ふむ、どうやら人間と変わらないような名前を付けるのがトレンドのようだ。
……やたらと格好つけてる感はあるが。
名前を考えようとじっと見つめると、アルパカはつぶらな瞳でこちらを見つめ返してくる。何ともキュートだ。
俺の妃の愛馬――いや、愛アルパカである彼女に、ふさわしい名前は……。
「うふふ、さっき採って来た野菜もあるのよ? 食べる?」
「フーン♡」
おや、アルパカの興味が野菜の方に逸れてしまったようだ。
妃の手づからもぐもぐと野菜を食むさまはなんとも癒される光景である。
「あらあら、お腹ペコペコだったの? いい食べっぷりじゃない」
妃がそう言って笑う。
その途端、俺の頭の中に電撃が走った。
そうだ、アルパカの名は――。
「ペコリーナだ」
「え?」
「この愛らしいレディの名には、ペコリーナがふさわしい」
お腹ペコペコのペコリーナ……我ながら、いい名をつけたと思う。
妃も賛同してくれたので、正式な命名だ。
「君の名前にも少し似ているだろう? ……アンジリーナ」
そう笑いかけると、妃――アンジリーナは少し困ったように笑った。
「いつもより近いですね」
「何がだ?」
「いえ、こちらの話です。でもペコリーナ……素敵なお名前ですね!」
どうやら妃も気に入ってくれたようだ。
ペコリーナ自身も名前を付けられたことが嬉しいのか、すりすりとこちらへすり寄ってくる。
「うむ、ペコリーナ。次のアルパカダービーでは精進するのだぞ」
「フーン♪」
俺の期待通りにペコリーナは初開催のアルパカダービーで首位を飾り、「アルパカの教育も行き届いているとはさすが妃殿下!」と妃の名声も高まった。
思えばペコリーナは、俺が初めて離宮を訪れた時から俺と妃の仲介役として多大なる貢献をしてくれたものだ。
今度は俺も、とっておきの野菜でも献上するとしよう。
お読みいただきありがとうございます。
次回は王子の秘書官視点の話を書く予定です!