3 シンデレラの姉、お妃様となる
結婚式の夜――つまり新婚初夜。
別に放っておいてくれればよかったのに、アレクシス王子は寝室でごろごろしていた私の元へやって来た。
一応私は運命的に王子と出会った妃ってことになってるし、新婚初日から放置して、変な噂が立つと困るもんね。
正直言うと気まずいことこの上ないが……まさか帰ってくださいとも言えずに、仕方なくお茶など淹れてさしあげることにする。
「どうぞ、王子殿下」
「あ、あぁ……」
豪奢なソファに腰掛けた王子は、今にも死にそうな顔をしていた。
エラにフラれたやけくそで私と結婚してしまったけど、今になってやっと正気に戻り、じわじわと後悔が押し寄せてきた……といったところでしょうか。
できればもっと早くに理性を取り戻して欲しかった。本当に、切実に。
だって私たち、もう正式に結婚しちゃったんですから!
憔悴した様子の王子を眺めながら、さてどうするか……と思案する。
何はともあれ、きちんと今後の方針を決めておいた方がよさそうだ。
おそるおそる王子の方を窺い、そっと声を掛けてみる。
「あの、王子殿下。少しだけお話をよろしいでしょうか」
「……先に言っておくが、結婚したからといってお前を愛するつもりは無いぞ」
「えぇ、承知しております」
そう答えると、王子は驚いたように顔を上げる。
いやいや……私はエラの代わりに、ほとんど無理やり連れてこられたんですよ?
「身代わりだけど王子と結婚出来てラッキー♪」なんて気分にはなりませんって。
王子、結構ナルシストですね。
「私は決して、王子の愛は望みません。ですのでご安心を」
別に王子の愛なんて欲しくないからいいですよ。お妃選びの舞踏会に参加したのも、参加者の中からめぼしい相手を見繕うのが目的でしたし。
アレクシス王子は私があっさり了承したのに不意を突かれたのか、何やらもごもごと言っていた。
よく聞こえないので、私は私の伝えたいことだけを口にしましょう。
「王子、この結婚は事故……いわばアクシデントのようなものです」
「……そうだな」
「ですから王子は、わたくしのことなど忘れてくださって結構です。愛人でも側室でも、自由にしていただいて構いません」
「…………ん?」
「とりあえず衣食住の便宜だけ図っていただければ、私は大人しくしていると約束しましょう。ほとぼりが冷めたら離縁していただいても結構です。それと……」
どこか困惑した表情の王子の前に膝をつき、私は深く深く土下座した。
「不肖の妹がご迷惑をおかけしたこと……心よりお詫び申し上げます」
先走りしすぎて後戻りできなくなったのはほぼ王子のせいだけど、あそこで魔法使いと駆け落ちしたエラも、デリカシーが足りてなかったのは確かだ。
とりあえず姉として申し訳なく思って、あと保身の為に(ここ重要)、私は王子に謝罪をすることにしたのだ。
しばらく待ってみたけど、アレクシス王子からは何の返答もない。
え、この空気やばいんじゃない……? もしかして怒りが再燃してきた? いきなり私の首刎ねたりしない!?
……などと焦り始めたころ、頭上から静かな声が降って来た。
「顔を上げろ」
ゆっくり時間をかけて顔を上げると、王子はなんというか……ちょっと気まずそうな顔をしていた。
……よかった。どうやら今すぐ私を処刑する気はなさそうだ。
「別に、お前のせいではないだろう。何故そんな風に謝罪をするのだ」
「今回の騒動の発端が、私の妹にあるのは事実です。これはエラの姉としての謝罪です」
あと謝罪したっていう実績作りね。
今後王子が私の首を刎ねたくなった時に、今日の土下座を思い出して踏みとどまってくれるかもしれないなんていう、打算もあるけれど。
「……もういい。俺は俺の好きにする。お前も好きにしろ」
そう言うと、王子は私に背を向けるようにして大きなソファに横になった。
しばらく様子を伺ってみたけど、そこから動く様子はない。
これは……今夜はここで寝るってことかな?
本来だったら「私がソファで寝ますので王子はベッドをお使いください!」って言うべきなんだろうけど……私も疲れていた。
できればソファじゃなく、ふかふかのベッドで眠りにつきたいのである。
そろそろとベッドに移動し、王子の様子を伺う。
よし、変化なし。明かりを落とす。
……変化なし。これは、今夜はもうこのままだと考えていいだろう。
正直言うと、ほっとした。いくら地位も顔面偏差値も高いイケメンだとしても、別に好きでもない相手と同衾っていうのは嫌だからね。
「……おやすみなさい」
何となくいつもの癖で、そう口に出てしまった。
どうせ聞いてないんだろうな……と思ったら、暗闇から小さな声が返ってくる。
「……あぁ」
……まさか、返事が返って来るとは思わなかった。
参ったな。すごく疲れてるのに、今夜は眠れそうにない。