53 ずっとお傍に
「はぁ、心臓が止まるかと思いました……」
思わず情けない声を漏らしてしまった私に、王子はくすりと笑う。
「本当に君は……厄介なやつばかりに目を付けられるな」
「う……」
そんなことありません! と言いたかったけど、最近はあんまり否定できない気もするんですよね。
私が意図しているわけではないのだけど……。
そのせいで王子に迷惑をかけたり、国と国の関係が悪くならないか心配ではある。
「……ごめんなさい」
しゅんとする私の頭を、王子が優しい手つきで撫でてくれる。
そして、ゆっくりと抱き寄せられ額に口づけられる。
「いや……謝る必要はない。君は君のままでいい」
その言葉に、胸の奥から歓喜が湧き上がる。
――「私は私のままでいい」
その言葉で私がどれだけ安心するか、喜ぶのか、あなたはご存じですか?
甘えるように王子の肩に頭を預けたところで、私ははっとした。
そうだ。今の私は一介の侍女で、ここには《芳醇の国》の国王陛下もいらっしゃって。
これじゃあ、「アレクシス王子が侍女と浮気疑惑」を裏付けるだけなのでは!?
弾かれたように王子から離れ、私は慌てて《芳醇の国》の国王陛下の方へ視線をやる。
人のよさそうな国王陛下は……あからさまに別の方向を向いて従者たちとお話をされていた。
これって、絶対私たちに気を遣われていますよね!
「お、王子……べべべ、弁解を……」
「……いや、実はもうバレている」
「え?」
「ここへ来る前に俺から説明しておいた。もちろん君が侍女に扮している理由は適当にごまかしたが……」
そ、そうだったのですか……。
だとすると先ほどの会話は、周囲に対するポーズだったのかな。
「変な噂が立つのは避けられないだろうが……まぁ、いい感じにごまかしておいてくれるだろう。疑惑を払拭するためにも、次は『王太子夫妻』として一緒に来よう」
「…………はい」
それまでにたくさん勉強して、《奇跡の国》の王太子妃として、何よりもあなたの妻として恥ずかしくない私になりたい。
「今度来るときは余計なトラブルを起こさないようにね。まぁ、君を見てると無理そうだけど」
からかうような顔をしたルーにそう言われ、私は慌てて否定した。
「そ、そんなことないわ! ……たぶん」
うぅ、やっぱり否定できないのが悲しい……。
おかしい。
私はただ平穏な生活を望んでいるのに、何故こうもトラブルに見舞われるのでしょう……?
目を白黒させる私に、ルーはおかしそうに笑う。
「あはは、別にいいよ。君なら……何度でも守ってあげる」
ルーがぐい、と私の腕を引く。
思わず体勢を崩し、前かがみになる私の頬に……ちゅ、と柔らかな感触が。
「なっ!?」
「もらっちゃった」
狼狽する王子に、ルーは挑発するように舌を出してみせる。
「油断しすぎだね、王子様。あんまり頼りないと、僕たち妖精がその子のこと連れてっちゃうかもよ?」
「あぁもう、喧嘩しないでください……!」
王子とルーの仲裁に入りながら、私は思わずにはいられなかった。
この賑やかで、ちょっと刺激的な日々がずっと続きますように……と。
◇◇◇
小気味よい蹄の音を響かせながら、馬車は進んでいく。
私たちの帰るべき場所へと。
そう、一仕事終えた私たちは馬車の中でのんびり、のんびり――。
「だいたい君は警戒心がなさすぎるんだ! 見た目は子どもとはいえ中身は妖精王、しかも性格の悪い男だぞ! 何をされるかわかったものじゃない」
「何を言うんですか王子! ルーはただちょっと私たちをからかっただけですよ! それを悪意があるみたいな――」
のんびりなんてとんでもない。
こんな狭い空間で、私と王子は絶賛言い合い中です。
「悪意しかないだろうあいつは! 君もそんな風にぽやぽやしていたら、知らない間に妖精の郷に連れ去られるぞ!?」
「そんなことしませんよ! もしそうなったとしても自力で帰ってこれますから大丈夫です!」
もういったい何の話をしているのやら。
ルーの仲違いの魔法はとっくに解けたはずだけど、どうしてこうも意地になってしまうのでしょう?
「はぁ、くだらない……」
コンラートさんが呆れたように辛辣な言葉を漏らす。
それに同意するように、ゴードン卿も鼻を鳴らした。
「夫婦喧嘩は犬も食わない、ってやつだな」
「人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られますからね。放っておきましょう」
あぁ、ダンフォース卿まで笑顔で仲裁を放棄してしまった。
確かに、一国の王太子妃夫婦の会話とは思えないほど幼稚ですからね……。
「ふふ、思う存分喧嘩するといい。言いたいことを言い合える関係の方が長続きするというからな」
ディアーネさんが珍しく年長者らしく、余裕を漂わせながらそう口にする。
ふふ、その通りだといいんですけどね。
「そうですよアデリーナさま! 普段離宮で愚痴ってるあれこれなんかも……もがっ!」
うっかり余計なことまで口走りそうになったロビンの口を、私は慌てて塞いだ。
確かに言いたいことを言い合える関係は素敵だけど……聞かれちゃまずいこともありますからね?
「ほぉ、なら聞かせてもらおうか?」
「もぉ……いじわる」
口をとがらせると、王子は少しだけ気まずそうに視線をそらした。
「君のことは何だって把握しておきたいんだ。知らないうちに君を傷つけて、俺の下を去られては敵わない」
そう口にした王子は平静を装っていたけど、その瞳には隠し切れない不安の色が宿っていた。
……私があなたの傍にはもっと他の女性がふさわしいんじゃないかと落ち込むと同じように、王子だって不安になるんですね。
とんでもない成り行きで結婚するまで私は彼のことを、落ち込むことも不安になることもない完璧な人間だと思っていた。
でも、彼だって些細なことで感情を揺らすこともあって。
それは私も同じで。
だからこそ……こうやって一つ一つ確かめ合っていく必要があるんですよね。
魔法なんて必要はない。
だってそれよりも、言葉を、心を交わすことこそが本当に大切なんだとわかったから。
「大丈夫です、私はあなたの妃ですから」
ここが――あなたの隣が私の居場所だから。
ガラスの靴がなくても、隣を歩いていきたいから。
「ずっとお傍にいさせてくださいね? 私の王子様」
これにて今章も完結です!
秋の妖精王はどこかで出そうと思っていたのでこうして出せてよかったです。
書籍版ではフレゼリクやルーなど新キャラのイラストも拝めるのでそちらも是非!
コミカライズも連載中なのでGWのお供にどうぞ!




