27 お妃様、自身の評価に驚く
幻想的な色合いの、オーロラ色のドレス。
思わず目を奪われてしまう、美しいガラスの靴。
何度見ても間違いない。突然現れたその少女は、あの日家を飛び出していった私の妹だ。
彼女の隣には、黒ローブを身に着けた魔法使いの男もいる。
「あれは……あの日の姫君!?」
「そうだ、あのドレスにガラスの靴……間違いない!」
「じゃあ、アデリーナ妃は……?」
困惑する周囲の視線をものともせずに、エラと魔法使いは手を取り合うようにして堂々とこちらに歩いてくる。
ある程度近づくとエラは一気に駆け出して、勢いよく私に抱き着いた。
「あぁ、会いたかったアデリーナ! あれ、ちょっと顔色悪いけど大丈夫? ちゃんと食べてる?」
「あのね、エラ。今はそれどころじゃないの!」
「そういえばそうね。ふふ、ちょうどいいタイミングで戻ってこられてよかった!」
優雅な動きで、エラが周囲を見渡す。
ドレスの裾がひらりと翻り、皆その美しさに感嘆のため息を漏らすほど。
一瞬で皆の視線を虜にしてしまうエラは、瞬く間にこの場の「主役」へとなっていた。
「ご機嫌よう、皆さま。私もこの度の騒動の一端を担う者の一人。ですから、私の口からも説明させていただきますね」
にっこり笑ったエラは、まるで何でもないことのように口を開く。
「あの舞踏会の日、私は魔法使いさんに頼んでこのドレスとガラスの靴を用意してもらいました。そして、アレクシス王子と踊りました。……とても、楽しい時間だったわ」
過ぎ去ってしまった時間を懐かしむように、エラは目を細める。
「でも、それはたった一夜の話。今、私の隣には魔法使いさんがいて、王子の隣にはアデリーナがいる。……それで、何か問題がありますか?」
そんなエラの言葉を補足するように、今度はアレクシス王子が口を開いた。
「皆を不安にさせてしまったことは謝罪しよう。だが、皆にはあの日の幻ではなく、今の姿を見て欲しい。彼女に、俺の妃として至らない部分があったと思う者は?」
……どう考えても、至らない部分しかないのですが。
だって私は社交が苦手で、お茶会に出席しても皆さまが嫌々話を合わせてくれるようなダメダメ王太子妃なのに!
どれだけ着飾っても冴えなくて、お飾りとしての価値すらもない。
次の瞬間にも、私への不満が続々と噴出するに違いない……!
だが、内心焦る私とは裏腹に、周囲の皆は顔を見合わせ頷き合っている。
「アデリーナ妃は機知に富んだ御方。諸外国からの評判も目覚ましく……未来の王妃としてはこれ以上にない逸材ですな」
そうおっしゃったのは外務大臣様だ。
……あれ、すごい忖度してきますね?
この期に及んで私に尻尾を振っても、いいことなんてありませんよ!?
「アデリーナ様はいつも面白い話を聞かせてくださいます。慎ましく、かつ皆を楽しませるそのお姿は、まさに淑女の鑑と言えるでしょう。そうそう、今流行しているスローライフ・スタイルも、発端はアデリーナ様でしたね」
そう言って優雅に微笑んだのは、何度もお茶会に招いてくれた公爵夫人。
…………そうだったのか。
最近やたらと皆が畑や野菜の話をすると思ったら、私に気を遣ってるだけじゃなくて、本当に流行ってたんですか……!
「アデリーナ様の装いはいつも素敵よね。落ち着いていて気品があるっていうか」
「あのごてごてに飾り立てるスタイル嫌いだったのよ。窮屈だし。妃殿下のおかげで廃れてくれて何よりだわ!」
「アデリーナ妃が教えてくださったトマトのコンポートを気になる殿方に振舞ったら、プロポーズされたんです!」
「今のトレンドのアルパカダービーも、妃殿下のアイディアだとか」
「最近は淑女たちが皆アデリーナ妃を目指して勉強を始めたので、貴公子たちも置いて行かれないように必死だとか」
「来館者が一気に増えて、図書館の司書が大忙しだと嬉しい悲鳴を上げていましたね」
「隣国からの使者が驚いていましたよ。しばらく見ない間に、この国の貴族は皆勤勉になっていると」
「いやぁ、妃殿下のように立派な方がお手本になってくださるので、この国の未来も安泰ですな!」
口々に飛び出てくる賛辞に、思わず全身が熱くなってしまう。
……恥ずかしい。なんていうか、非常にいたたまれない。
私、皆さまがおっしゃるほど立派な人間じゃないですから!
田舎でのんびり暮らしたいがために、慰謝料目当てで離婚しようとする女ですから!
「……聞いたかアリーナ。皆、君以上に俺の妃にふさわしい人間は思いつかないようだ」
何故か嬉しそうに王子が私に話を振ってくる。
ふるふると首を横に振ると、彼はくすりと笑う。
「どうか、これからも――」
「で、でもっ、今のアデリーナ妃からも魔力を感じるって……ひっ!」
なおも言い縋ろうとするプリシラ王女は、王子にひと睨みされて蛇に睨まれたカエルのように竦みあがってしまった。
王子、もうそのくらいにしてあげてくださいな。
「それは僕の方から説明しよう」
暇だったのか、エラと手に手を取り合ってくるくる回っていた魔法使いがこちらにやって来る。
「プリシラ王女が義姉さん――アデリーナ妃から微弱な魔力を感じるといった件については、僕も同じことを感じている」
誰が義姉さんじゃ誰が。
……と文句を言いたかったけど、それどころじゃない。
私から魔力を感じるって、どういうこと!?