51 わかりあえるかもしれないから
さてさて何とか秋の妖精王に認められ、ここにやって来た目的も達成できたので、私たちは《奇跡の国》への帰路へとつくことになりました。
「陛下。あなたの美しい国を訪問することができ、多くを学ぶことができました。今回の視察で、陛下とこの国の民が温かく迎えてくださったことに心から感謝いたします」
「こちらこそアレクシス王子殿にお越しいただき、光栄の至りです。我が国の民も、貴国の文化や価値観に触れることができ、非常に感銘を受けたことでしょう」
「両国のさらなる協力と、これまで築いてきた強固な友好の基盤の上に、さらに力を合わせていくことを楽しみにしています。どうか、これからも両国の繁栄が続かんことを」
「アレクシス王子殿、お幸せな旅路を。次の機会には是非アデリーナ王太子妃殿下にもお会いできるのを楽しみにしております」
「……えぇ、アデリーナもこの国の豊かな自然や文化に触れるのを楽しみにしていることでしょう。次に訪れるときは、必ずや我が最愛の妻をご紹介しましょう」
アレクシス王子がそう口にした途端、王子の背後で待機していた皆の視線が私に集中する。
うぅ、どうか顔が赤くなっているのがバレませんように……。
あと、話題の「王太子妃」が実はすぐ後ろにいるのも……。
私が地竜に振り回されて右往左往している間にも、アレクシス王子はきちんと「王太子」としての表向きの仕事をこなしていた。
さすがは仕事人。そういうところ、本当に尊敬します。
《奇跡の国》と《芳醇の国》の友好関係もきちんと続いていくようで、とりあえずは安心かな。
向こうの国王陛下が言ってくださったとおり、次の機会は……私も「王太子妃」として、堂々とアレクシス王子の隣に立ちたい。
それにしても、王子はまだ「アデリーナはキノコ料理が好きで、是非この地の特産品のキノコを食べさせたい」とか、「今度は紅葉の時期に訪問したいですね。色づいた自然に囲まれる我が妻はきっとどんな芸術品よりも美しいでしょうから」とか、しつこい程にくっちゃべっていらっしゃる。
ほらぁ、《芳醇の国》の国王陛下もちょっと苦笑いをしていらっしゃるじゃないですか!
「……昨夜、王子がアデリーナ様を連れ出したことで会場がざわつきましたからね。こういう公の場での愛妻家アピールも必要なんですよ。どうか耐えてください」
真っ赤になってぷるぷる震える私を見かねたのか、コンラートさんがこっそりそう教えてくれる。
なるほど。「アレクシス王子は妃と不仲で侍女を寵愛している!」なんて思われたら大変なので、ちゃんと円満だとアピールすることも大事なんですね。
王子の意図はわかりましたけど……やっぱり恥ずかしい!
だが地獄のような時間を耐え、ようやく馬車に乗り込むか……となった時、さらなる爆弾がやって来てしまった。
「お帰りになられるのですね、アレクシス王子。実に寂しい限りです」
いけしゃあしゃあとそんなことをのたまいながら、どこからともなく現れたのは……ここでの滞在中散々私たちを引っ掻き回した《白夜の国》の皇帝――フレゼリク陛下だった。
「……フレゼリク帝。見送りにいらしたのか」
「えぇ、せめて別れの挨拶をと思いまして」
王子とダンフォース卿がさりげなく、フレゼリク陛下の視線から私を隠すような立ち位置へと移動した。
……たぶんもう、バレているでしょうけれど。
「どうぞお気をつけて。今度は是非我が国にもいらしてください」
「あぁ、楽しみにしている」
おや? なんだか思ったより穏やかな雰囲気……。
アレクシス王子とフレゼリク陛下は、一見和やかな空気で握手を交わしている。
さすがにこんな場だとバチバチすることもないんですね。
一国の王子と皇帝ですから、きちんと立場をわきまえていらっしゃるのでしょう。
……なんて油断したのが悪かった。
「……さて」
王子と握手をし終えたフレゼリク陛下は、ぐるりと首を回し後ろに控えていた私の方へ視線を向ける。
思わずびくりと肩をはねさせてしまった私の方へ、彼は咎めるような周囲の視線も気にせず近づいてきた。
「あなたともこれでお別れかと思うと残念です、アデリーナさん」
彼は少しだけ寂しそうにそう告げた。
その少し沈んだ声色に、言葉通り寂しさを宿した瞳に……私の胸も締め付けられる。
……この国で出会った彼は、評判通りの恐ろしい人だ。
私やブライアローズ様を誘拐しようとしたのは確かだし、躊躇なく地竜を狩ろうとすることもある。
でも、彼を恐ろしいと思うのと同時に……どこか寂し気な瞳をした人だと思っていた。
彼の故郷である《白夜の国》は私たちの住む《奇跡の国》と比べて、険しい環境の地なのだと彼は言っていた。
そんな場所で育った彼は、きっと私の価値観では推し量れない存在なのだろう。
思考も、行動も、何もかもが相容れない。
でも、ここに来て彼と話すことで……真に恐ろしいだけの人ではないということも分かった。
もし彼が本当に情け容赦ない人間ならば、「地竜を逃がすのを待ってほしい」という私の頼みを聞き入れることもなかっただろうし、私が襲われかけた時に地竜の命を奪っていただろうから。
だから私も、できるだけ彼から逃げたくはなかった。
話し合い、心の内をさらけ出すことで……少しでも、わかりあえるかもしれないから。