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46 王太子という立場

 運とか、偶然とか。

 もちろん、そういう側面もあるだろう。


 エラと私が義理の姉妹にならなければ。

 エラが妃選びの舞踏会に行かなければ。

 王子がエラに一目惚れしなければ。

 エラに逃げられ、切羽詰まった王子が私を妃にしなければ。


 ……今の私はいなかった。


 たくさんの偶然が重なった先の奇跡のように、私はアレクシス王子の妃になった。

 でも、そんな奇跡のような始まりだったとしても……。

 今の私が王子の傍にいられるのは、王子が私を妃に選び、私も彼の傍にいることを選んだからだ。

 ……きっと、いつまでも奇跡とか運とかに頼っているだけじゃダメなんだ。

 ――「その場に留まるためには全力で走り続けなければいけない」

 なんて言葉を、いつか聞いたことがある。

 その時はよく意味が分からなかったけど、今なら分かる気がする。

 王子の隣にいたいのなら、彼の唯一でいたいのなら、後ろを向いてばかりじゃダメなんだ。

 たとえ私が醜いアヒルの子だったとしても、いつか白鳥のように羽ばたけるように。

 どれだけみっともなくても、あがき続けなければ。

 ……なんて決意を固めた時、不意に壁と同化していた私の傍らに誰かの気配を感じた。


「こんばんは、アデリーナさん」

「ひょえ!」


 もはやこの国に来てからお馴染みになってしまった神出鬼没っぷり。

 慌てて声の方向へ首を向けると、予想通り……フレゼリク陛下がにこにこと穏やかな笑みを浮かべてこちらを見つめていた。


「ちょっと、フレゼリク陛下、あの……」


 今の私、一応一介の侍女なんですよ。

 しかも壁の花どころかほぼ壁と同化していた女ですよ?

 どう考えても、大国の皇帝陛下が公の場で声をかけていい相手じゃないんです!

 おそるおそる周囲に視線をやると……嫌な予感的中!

 会場中の人たちが「皇帝陛下がわざわざ声をかけているあの地味な使用人はなんなの!?」みたいな視線をこちらに注いでいるのが手に取るようにわかる。

 ひぃ、言わんこっちゃない……。


「おやおや、そんなに慌ててどうなさいました?」

「……陛下、ですからその、こういう場でただの使用人に声をかけられるのはどうかと――」

「私がいつ誰に声をかけるのかは、私が決めることです。相手が誰であろうとね。それに、私とアデリーナさんの仲じゃないですか」

「そ、そんな仲というほどの仲では――」

「二回もデートしたのに?」

「ぎゃっ!」


 私は今の発言が誰にも聞かれていないことを願うしかなかった。

 しかも二回もデートしてませんよね?

 百歩譲って城下町でお茶をしたのはデートといえるのかもしれない。

 でも二回目なんてなかったですよね?

 もしかして、皆で地竜を誘導した一連の出来事もフレゼリク陛下の中ではデート判定なんですか?

 判定緩すぎでは??


 ……なんて混乱していると、不意に彼はぎゅっと私の両手を握った。

 そしてぐっと顔を近づけ……誘うような声で囁く。


「あなたのことを知りたい。もっとあなたに近づきたい。……そう思うのは罪ですか?」


 彼の金色の瞳が、見たこともないほどぎらぎらとした色を宿している。

 その瞳に魅入られるように、私は動くことができなかった。

 そんな私を見て、フレゼリク陛下はふっと笑う。

 次の瞬間――。


「悪いが……俺のだ」


 急にぐい……と引っ張られたかと思うと、私の体はすっぽりと包まれていた。

 誰よりも、大好きな人の腕の中に。

 フレゼリク陛下は急に現れたアレクシス王子に驚くこともなく、すっと目を細めた。


「……それはどうでしょうか。大事な人を悲しませたり一人で放置していたら、いつか横から搔っ攫われるかもしれませんよ?」

「そんなことはさせない」


 王子はフレゼリク陛下を睨みつけながら、力強くそう告げる。

 フレゼリク陛下は相も変わらず穏やかな微笑みを浮かべているように見えるけど……その目はまるで真冬の雪原のように冷たい。

 段々と二人の間に、華やかなパーティー会場には似つかわしくないピリピリとした空気が漂い始めてしまう。

 あぁ、もう……!


「王子……!」


 私は慌ててアレクシス王子の袖を引く。

 すると彼は、はっとしたようにこちらを向いた。


「皆がこちらに注目しています。私は大丈夫ですので、皆のところに戻って――」


 《奇跡の国》の王太子という立場でここにいるアレクシス王子なら、私の言葉を受け入れてくれるはずだった。

 だが、彼は私が想像もしない行動に出た。


「行くぞ、アデリーナ」

「え? えっ!?」


 なんと彼は一介の侍女でしかない私の手を引くようにして、出入り口の扉の方へ歩き始めてしまったのだ。

 当然、会場中の者たちがざわつく。このまま私たちが姿を消せば、とんでもない噂が立ってしまうかもしれない。

 王子だって、気づいていないはずがないのに。

 それでも、彼は止まろうとはしなかった。

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