42 秋の妖精王、降臨
……地竜を追い立てるように山へ分け入ってから数時間。地竜は相も変わらずのそのそと私たちの……というよりもクッキーの後をついてきてくれている。
でもそろそろ、手持ちのクッキーも少なくなり始めているんですよね。
かなり山奥まで来たと思うんだけど……地竜の元の棲家ってまだなのかな?
もしこのまま、地竜の棲家へたどり着く前に私たちのクッキーが尽きたら、結局失敗なのでは!?
なんて、焦り始めた時だった。
「ぁ……」
木々の隙間から光が差し込んでくる。
どうやら夜が明け、朝日が姿を現したようだ。
目もくらむような朝焼けの色が、周囲を赤く染め上げていく。
その光景は、まるで紅葉のようにも見えた。
夜を切り裂くようなまばゆい光に、思わず腕で顔を覆う。
そして再び目を開けると――。
「え…………?」
私は思わず、ぱちぱちと何度も瞬きをしてしまった。
ほんの一瞬の間に、その場の光景が様変わりしていたのだ。
赤く、黄色く染まった木の葉が、ひらひらと周囲を舞っている。
いつの間にか周囲の木々は色づき、鮮やかな世界を作り出していた。
……いやこれ、明らかにほんの少し前までいた場所じゃないですよね?
絶対変なところに迷い込んでますよね!?
そんな私の耳に、ぱちぱちと軽く手を叩く音が聞こえてくる。
「ここまでご苦労様。まさか……やり遂げちゃうなんてね」
紅葉する木々の間から、見覚えのある少年が姿を現す。
確かに、どこかで見ていてくれているとは思っていたけど……。
「ルー!」
現れたのは、秋の妖精王の配下である少年――ルーだった。
彼は私たちの方を見て不遜な笑みを浮かべると、ゆっくりと地竜へと近づく。
「危ない!」と止めようとしたけれど、その心配はなかった。
「おかえり。……長い旅だったね」
ルーが優しく鱗を撫でると、地竜は気持ちよさそうに喉を鳴らした。
その様子はまるで犬や猫が飼い主にじゃれつくようで……獰猛な竜の面影などかけらも感じられなかった。
「やっぱり、住み慣れたところが落ち着くよね。……もう迷子になるんじゃないよ」
ルーが軽く地竜の前足を叩くと、地竜は了承の意を示すようにぐるぐると喉を鳴らし、のしのしと木々の間へ消えていった。
「……ん? 今、住み慣れたところと言ったか?」
黙って見守っていた王子が、いぶかし気にそう口にする。
確かに、ルーの口ぶりからすると……。
「ここが、地竜の元の棲家……?」
私たちの疑問に答えるようにルーはくるりと振り返り、にやりといたずらっぽい笑みを浮かべた。
「……正解。君たちは無事に……といえるかどうかは微妙だけど、あの子を元の場所へ帰すことに成功した」
「じゃあ……!」
「……あぁ、約束だ。課題達成のご褒美として、秋の妖精王との謁見を許そう」
いよいよ、秋の妖精王との対面だ。
どきどきと胸を高鳴らせる私の前で、ルーはつま先で地面を叩く。
その途端ぶわりと地面を埋め尽くす木の葉が舞い上がり、ルーの姿を覆い隠してしまう。
「ルー!?」
そして再び木の葉が舞い落ちた後、目の前に現れたのは――。
「……よくぞ課題を成し遂げてみせた。褒めて遣わそう。我が名はルンペルシュティルツヒェン。秋の妖精王の名を冠する者なり」
私たちは驚きすぎて何も言えなかった。
だって、目の前にいるのは……。
「ルー、よね……?」
そういえばちょっと豪華な衣装になっている気はするけど、やたらと尊大な口調で喋っているのは……まぎれもなく私たちが知る妖精の少年――ルーだったのだから。
……どういうこと?
「おい、何をふざけている。早く秋の妖精王を呼べ」
「これはこれは、随分と可愛らしい王様ですね」
少し不機嫌なアレクシス王子と相変わらず穏やかな笑みを浮かべるフレゼリク陛下に、得意げだったルーの顔が徐々に曇りはじめ、やがて真っ赤な顔でぷるぷる震えだした。
あぁ、あとちょっとつついたら爆発しそう……。
「ご、ごめんなさいルー。でも、私たちはちゃんと課題を成し遂げられたってことなのよね? だったら、秋の妖精王に謁見を――」
フォローするつもりでそう声をかけたけど、それが起爆剤となってしまったようだ。
ついに私の目の前で、ルーは爆発した。
「だから! 僕がその秋の妖精王だって言ってるだろ!」
「…………え?」
「『え?』じゃないよ察しが悪いな! 君のそのボケボケしたところはブライアローズにそっくりだ!!」
彼はそう叫ぶと、ぱちんと苛立たしげに指を鳴らす。
その途端私たちの頭上に一斉にどんぐりが落ちてきて、皆頭を押さえた。
「いたっ……地味に痛い!」
「……信じないなら次はまつぼっくりの雨を降らすけど」
「信じる! 信じるわ!!」
さすがに松ぼっくりの雨は嫌なので、私は慌ててそう口にした。
彼の言うことを信じるならば、本当にルーが秋の妖精王なの……?